世界と誓い

「「ナミがいなくなったァ!?」」

アリエラ「どうしてナミが……!?」


海に浮かぶアドル達から衝撃的なことを告げられて、ルフィ達はあまりの驚愕に声を張り上げた。
様子を見に海上レストランに入るついさっきまで、ナミはいつも通りだったというのに──。


ゾロ「そりゃどういうことだ!!」

アリエラ「どうしていなくなっちゃったの!? ナミ……」

アドル「それが…僕にも何が何だか分からなくて」


浮かんだまま海水に濡れた顔を拭いながら、アドルとヨサク&ジョニーは経緯を説明する。

ゾロ達3人がレストランに入ってからもナミはずっとある人物の手配書を見つめたまま動かなかった。
呼びかけにも応答しないため、ヨサクとジョニーが彼女が見ている手配書が気になり覗き込んだ。


ヨサク「どうしたんです? ナミの姉貴」

ナミ「えっ…?」

ヨサク「賞金首のリストなんて眺めちゃって」

ナミ「ううん、なんでもない!」


予期せぬヨサクの問いかけに、ナミはハッとして顔を上げる。少し焦りを浮かべているが、ヨサクはそれに気付かない。

(ナミちゃん…さっきからああして手配書みてばかりだな。誰のだ?)

若干気になっていたアドルは読みかけの本を閉じて、ヨサク達に倣いナミの元へと向かっていく。
それと同時にジョニーがナミの手元をひょいと覗き込んだ。


ジョニー「お、さすがナミの姉貴! 凶悪な海賊に目をつけるとは!」

アドル「誰の手配書見てるんだ?」

ナミ「な、何でもないわよ」


ジョニーの隣で同じように手配書に目を向けたがナミは誤魔化すように笑いながら何気なくそっと手配書を丸めて写真と名を伏せた。
だが、もうそれはジョニーの目に止まってしまっていて。


ジョニー「でも、アーロンだけは狙わない方がいいですよ?」

ナミ「…!」

アドル「アーロン? 誰だ?」


その名に少し顔色は青くなり、ぴくりと肩を揺らしてみせたナミ。気にしていた手配書、人物はアーロンという海賊で間違いないだろう。
だが、アドルには聞いたことのない海賊だった。


ジョニー「それはもう恐ろしいほどに強いとかで、一時期は大人しく影をひそめていたのですが、最近になってまた暴れ出したってわけですよ」

アドル「へェ…」

ジョニー「まあでも、2000万ベリーの賞金ってのは捨て難いけどな」

アドル「そんなにもするのか!?」


東の海では聞いたことのないほどの額だ。
この平和だと言われている海域にもそれほどの数字がつく凶悪な海賊がいるだなんて、アドルは驚くと共に疑問が浮かぶ。
何故、ナミはそんな彼の手配書を眺めていたのか。
彼女の目標は1億万ベリーを集めること、その資金にするつもりなのだろうか。


アドル「なァ、ナミちゃん」


いつのまにか居なくなっていたナミ。
囲いの前にヨサクとジョニーと横一列になっていたアドルはそれを尋ねようと振り返ると、ナミは腕に新しいシャツを乗せていて、色っぽく目を細めて胸元の布を引っ張った。

ナミ「ねえ、悪いんだけど着替えたいから向こう向いててくれる?」

アドル「え、着替え?」

「「き、着替えっ!?」」


その言葉に勢いよく振り返ったのがヨサクとジョニー。どうして突然着替えを?と首を傾げるアドルだが、2人はそこに意識が行く前にもう頬を赤く染めて伺っている。


ナミ「いけない?」


可愛らしいウインクをするナミに、女の子に弱いアドルはやれやれとヨサクとジョニーは下心に嬉しそうに頷き、彼女に背を向けた。


アドル「ナミちゃん。着替えたら言ってくれよ」

ナミ「ええ」

ジョニー「ナ、ナミの姉貴ったら見かけ通り大胆なんだから!」

ヨサク「ちょっとくらい見てもバチは当たらないよな?」

アドル「コラ。セクハラだぞ」


鼻の下を伸ばして振り返ろうとするヨサクとジョニー。止めようとアドルが2人をつねろうとした時、背後にヒール音が聞こえて3人はハッとする。
何か嫌な気配を感じたのだ。
それを察知した時にはもう遅く、振り向いたのと同時に背後…ナミによってアドル達3人、彼女の武器である長い棒で海に弾き落とされたのだ。

短く叫び声を上げる3人。何が何だか理解が追いつかないまま、溺れないように水中で必死に態勢を整える。


ジョニー「げほっ、げほっ!」

ヨサク「うっ…何…っ」

アドル「おいっ……げほっ、何するんだ、ナミちゃん!」

ナミ「何って? ビジネスよ。私は海賊専門の泥棒だもん。この船をいただいてくわ」

アドル「は……?」

ナミ「私は一度でも仲間だと言った覚えはないわ」


3人を海へと突き落としたナミは、囲いに肘をついてにんまり満面の笑みを浮かべ、海に浮かぶ彼らに最後の言葉を投げたのだ。
思い返してみれば、確かにナミの言う通りだった。最近は仲良くやっていたから頭から抜けていたが、彼女は仲間ではなく手を組むという名の上でこの船に乗っていたのだ。
何一つ飲み込めない状況だが、アドルは冷静を装って尋ね返す。


アドル「じゃあ……あの楽しそうな笑顔もレディとの仲も全部偽りだったってことか!?」


怒りを含めた彼の爽やかな低い音、並べられた言葉にナミは一瞬だけ悲痛そうな表情を浮かべたが、すぐに取り繕って今度は柔らかな笑みをみせた。

ナミ「……ルフィやアリエラ達と過ごした日々は中々楽しかったわ。 じゃあ、アドルこう伝えておいて。縁があったらまた会いましょ

アドル「ナミちゃん!! 待て、まだ話は終わってない、ルフィにだって何も!!」

ナミ「じゃあね」

「「ナミの姉貴っ!!」」


海に浮かんたまま3人に一瞥もくれずに、ナミは舵をとるためにラウンジへと向かって行ってしまった。 踵を返すほんの束の間に見えた表情は暗く僅かに震えているようにも見え、裏切りとも取れる行為に怒りを覚えていたアドルは目を細めて思考を変えた。

ナミを追いかける前に、ルフィ達に状況を説明しなければならない。ヨサクとジョニーにそれを告げてレストランへと泳いで向かおうとした瞬間に、ガレオン船が真っ二つに斬られるという大惨事が起こったのだった。


ヨサク「というワケでっ…船は持って行かれましたッ!!」

ジョニー「すいやせん!」

アドル「はぁっ、でも……何かワケ有りみたいだぞ」

アリエラ「ワケ有り……?」


ルフィ達で3人をレストランの甲板に上げて、今の状況を理解しようと頭をフル回転させる。
だが、ゾロとウソップはナミに対してかなりの怒りを覚えたようで。


ゾロ「くそッ! あの女!! 最近おとなしくしてると思ったら油断もスキもねェ!!」

ウソップ「アイツ、この非常事態に輪をかけるようなことしやがって!! あれはカヤからもらった船だぞ!!」


ゾロはレストランの壁を殴り、ウソップは両拳を握りしめながら怒りに震えている。
そんな2人の様子にアリエラは眉を下げて胸に手を当て、海に目を向けた。


アリエラ「ナミ……」


アリエラも何となくだが、ナミの微かな異変に気がついていた。前に町に寄った時からそれを感じていたのだ。
1億ベリーを集める裏側にとてつもなく深い事情があるのではないだろうか、頭を過る不安とナミの抱えている何かにアリエラは無力な自分に悔しさを感じながら、胸を痛めた。


ルフィ「おい! まだGM号が見えるぞ!!」

アリエラ「えっ……本当だわ!」

アドル「まだそんな離れてないんだな、よかった…!」


ナミに対しての意見を一言も発さなかったルフィは、大荒れ中の海を見つめていた。遠望する先に、うっすらと麦わら帽子のドクロマークが見えて、仲間に知らせるとアリエラとアドルだけが飛びついた。


アリエラ「ねえ、ルフィちゃん!」

ルフィ「ああ」


アリエラがルフィの赤い服の裾を引っ張ると、ルフィも真剣な表情で頷いた。


ルフィ「おい、お前らの船は!?」

ヨサク「まだ残ってますが……」

ルフィ「お前らすぐ行け! その船でナミを追っかけてくれ!」

アリエラ「ええ、分かったわ!」


指をさすのはヨサクとジョニーの船。だが、乗り気なのはアリエラとアドルだけでゾロとウソップはもうナミに対する怒りすらも失っていた。


ゾロ「もういい。船なんぞくれてやれ。あんな泥棒女、追いかけるこたァねェ」

ルフィ「おれはあいつが航海士じゃなきゃイヤだ!!」


船長の強い意志。まっすぐ向けられた丸い瞳。
ゾロはその黒い瞳を黙って見返す。


アリエラ「私もよ。うちの航海士はナミだけだわ。このまま何も分からないままお別れなんて絶対にいや」

アドル「右に同じく」

ゾロ「……」


ルフィのとなりに並ぶ、青く輝く瞳も強く訴えかけていて。 まあ、船長がこうならゾロも折れるしかない。
ため息をついて、額に手を当てた。


ゾロ「ハァ……分かったよ。ったく世話の焼ける船長に芸術家だぜ」

アリエラ「うふふ

ゾロ「おい、ウソップお前も行くぞ」

ウソップ「おう!」


その間、ヨサクとジョニーはすぐに小舟の準備をしていてオールもばっちり海に半分つけて、こちらを待っていた。


ジョニー「ゾロの兄貴! 船の準備出来ました!」

ゾロ「ルフィ、お前は?」


2人の小舟にアリエラを先頭に次々と乗っていくがルフィはここから動く気はないようで、最後に乗る前にゾロが尋ねた。


ルフィ「おれはまだこのレストランで何のケリもつけてねェからダメだ」

ゾロ「……気をつけろよ。こっちの事態も尋常じゃねェんだ」

ルフィ「あァ、分かってる」


さまざまな悪い状況上に置かれている今、全て真剣に動かなければならない。目を細めて忠告するゾロにルフィも冷静に頷き返した。


* * *


ナミ「いい奴らだったなぁ……」


もうレストランが見えなくなった頃、何もない青くだだっ広い大海原を進むGM号の中、別れを告げたナミが船首で風を仰いでいた。


ナミ「今度会ったらまた仲間に入れてくれるかな……また逢えるかな……」


思い出すのはあの出来事が起こってから、初めて楽しいと思えた日々のこと。最初は変な奴らだと思っていたけど今では心からいい人達だと思えるくらいな関係になった彼らのこと。気もあって話も合う初めての同性の友達といえるアリエラのこと。
船を出した時から、ずっと脳裏で流れるそれらの光景にナミは頬をたっぷりと濡らしていた。


ナミ「……はやく自由になりたいよ。ベルメールさん……っ」


華奢な肩を抱きしめ、止まらない涙をずっとポロポロ流して、彼女にとって何よりも辛い場所へと進路を変え進めていたのだった──。

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