17
パルマコスタの総督府に着き、ロイドを先頭に入っていくと人影が見えないらしく辺りを見回していた。
「誰もいねーぞ?」
「…地下から何か聞こえない?」
「そうか?」
「いや、コレットの言う通りだな。…人の声、か?」
「どちらにしろ誰もいないのだ。地下に行ってみよう」
クラトスの言葉に頷いて地下に降りる。人の声らしきものは喧騒だと分かったころ、どうやらドアは地下にいたらしく人影が見えたようだ。
「妻は…まだ妻は救えないのか!!」
「まだまだ金塊が足りないんだよ。しかもだんだん少なくなってるしな。」
「これがせいいっぱいだ!通行税、住民税、マーテル教からの献金。これ以上どこからもしぼりとれん!」
「まあよかろう…次の献金次第ではマグニス様も悪魔の種子を取り除いてくださるだろうよ」
「お父様…」
「もう少しだ。もう少しでクララはもとの姿に戻れる」
「なるほど、そういうわけでドア殿は国民から金を搾取してたわけだ。」
「な、なぜここに…!!」
「なんだよ、まるで死人でも見たような顔だぜ?」
「ロイド、それありがちだから」
ディザイアンがどこかに行ってから俺たちが姿を見せるとドアはひどく驚いたようだった。ニールに裏切られたと知って舌打ちするドアを視界から外して周りをみるとここにいるのは俺たちとドアに娘のキリカ。あとは奥の布が掛かっている牢の中の誰か。それはおそらく…
「…なぁ、ドアさんよぉ、混乱してるとこ悪いんだけどそこの奥にあるのはなんだろうな?」
「!や、やめろ…」
「お、おい ルクラス!」
「話を聞いてるとクララさんは人質にでも取られてるかと思ったが…どうやら違うようだしな?」
牢に掌を向けて炎をちらつかせるととたんにドアは青ざめた。俺はその横をすり抜けて牢の布を一気に取り払った。そこにいたのは禍々しい姿に成り果ててしまった…人間。
『クルシ、イ…タス…ケ…テ…』
「…!」
「うわっ!な、何、この化け物…」
「あれが、クララさんだ。苦しくてたまらないんだよ。」
「ルクラスの言う通りだよ。あの人、苦しいって泣いてる…」
「ジーニアス、あの人だって人間なんだ。化け物なんて言わないでくれ…。」
姿は醜くても人間だ。俺のような得体の知れない化け物なんかじゃ、決してないんだ。ふと違和感を感じるとクラトスがクララさんを見て微かに震えているように見えた。まるで彼女を通して別の誰かを見ているような、そんな違和感。
「なるほど、だから亡くなったことにしていたのね。」
「ディザイアンに対抗した父は殺され、妻は見せしめに悪魔の種子を植え付けられた。ディザイアンに逆らうなんてバカな真似はしない方がどれだけマシか…」
だからディザイアンと手を組んだ。妻を救うために。確かに可能性はそこしかないのかもしれない。誰だって同じ状況ならありえることだ。街の住人を裏切ることになろうとも所詮はディザイアンからの支配からは逃げられないのだ、と。目にはそんなに絶望しか映らないのか。変わり果てた妻の姿も側にいる娘も、絶望の象徴のように映るのだろうか。尤も、娘のことにドア本人は気付いてはいないようだが。
「コレットが…神子が世界を救ってくれる!」
「神子の再生の旅は絶対ではない。前回も失敗しているではないか!それに街の住人は私のやり方に満足している。ただ私がディザイアンの一員だと知らぬだけだ。」
希望の光も絶望に霞んで映らない。ドアにとっての希望はディザイアンなのかもしれない。そのディザイアンの一員であることが知れたら街はパニックになるだろう。だがロイドは彼の言葉に激昂した。
「黙れ!何がお前のやり方だ!あんたの奥さんは確かにかわいそうさ。でもな、あんたの言葉を信じて牧場に送られたばかりにあんたの奥さんのようにされた人だっているかもしれないんだぞ!」
「黙れ小僧!自分だけが正義だと思うな!」
「ふざけろ!正義なんて言葉チャラチャラ口にすんな!俺はその言葉が一番嫌いなんだよ!奥さんを助けたかったなら総督の地位なんか捨てて薬でも何でも探せば良かったじゃないか!!あんたなんか奥さんのためにすら地位を捨てられないくずだ!!」
「ロイド、やめて!」
「コレット…あだっ!」
「言いすぎだ…ちっとは頭を冷やせ。」
ロイドの頭にグーを叩き込むと涙目で俺を見上げてくる。第三者の介入にドアも少し落ち着いたようだ。
「みんなが強い訳じゃないんだよ…だから、もうやめてあげて!…その薬っていうの、私たちで取ってきてあげよう?そしたら総督だってディザイアンの仲間にならなくていいんだから」
「…私を許すというのか」
「あなたを許すのは私たちじゃなくて街の人です。でもマーテル様はきっとあなたを許してくれます。マーテル様はあなたの中にいてあなたを許すのを待ってくれています。」
「私の中に…」
「ばかばかしい!」
「やっと本性現したな、っと。」
「なっ!」
「ルクラス!」
一瞬、キリアから殺気が漏れ出てるのを見逃さなかった俺はドアをキリアから引き離した。が、反動で前に出た俺の腕にキリアの持つナイフが刺さって痛い…
「ってめ、ドアを騙してたな。」
「な、何をするんだ!」
「チッ、仕留め損ねましたね…人間ごとき劣悪種にマーテル様が救いの手を差し伸べてくださることはありません。」
「話聞けよ」
「フン、人間ですらないあなたの話など聞く必要はありませんね。」
「えー…」
それはエルフとしてか、それとも別の意味で、なのか。この場では確かめようもないし確かめようとも思わない。ロイドたちはエルフだからだと思ってくれるはずだしな。その方が都合がいい。
「そんな…娘は、娘はどうしたというのだ!!」
「ふざけるな。私はディザイアンを統べる五聖刃が長プロネーマ様の下僕。五聖刃の一人であるマグニスの新たな人間培養方法とやらを観察していただけ。優れたハーフエルフである私にこんな愚かな父親などいない。」
「愚かな父親ですって…!」
「それでは、娘は…キリアは!」
「っ、おい!!」
もう片方の腕でドアの腕を掴んでいたが無理矢理ほどかれてしまい、姿を変えたキリアに駆け寄る。止めろ、と叫んでもドアは聞く耳を持たない。希望は絶対なんかではないのだ。
「まだ娘と言いますか。汚らわしい。」
「ぐあっ…!!」
背中から生える刺のようなものに一突きされてそのままドアは倒れこんでしまった。プロネーマの下僕だというハーフエルフはそんなドアを見下すような目で見、そして嘲笑う。
「愚かな父親だな。娘が亡くなったことも気付かず化け物の妻を助けようとありもしないクスリを求めるなどと。」
「こいつ…!」
「許せない…!」
くすくす、と笑う相手にロイドを初めとする全員が武器を構えた。
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