「泣いても、いいですか」
ポツリと零れ落ちた言葉に私はエッと驚くことしかできなかった。
木枯らしが初めて吹いた日。生徒会室でいつものように颯斗君と一緒に仕事をしていた私。この学園の支配者と発明家の卵はまだこの場にはいない。
ピアニストの彼は会長の机に資料を置こうとしていたが、どうやら窓の外をずっと見ていたらしい。そして、発せられた言葉。
「………何か悲しいことでもあったの?」
「そう、なのかもしれません」
「だったら私に話してみて。もしかしたら何かわかるかもしれない」
「……なら、話しても構いませんか?」
うん、と私は大きくうなずく。颯斗君からの相談。滅多にないことだから私はすごく緊張する。
「月子さんといると非常にムカつくんです。いつもいつもヘラヘラと笑っていて、今まで怖い体験や寂しい体験をしたことありませんっていう顔をして。きっと東月君や七海君に守られて育ってきたのでしょう。だから月子さんは笑っていられる」
「は、颯斗君………?」
いきなり彼から大きな感情をぶつけられて月子は戸惑う。
「それに学園に入ってからは他の男子にちやほやされていい気分になっているんじゃないんですか。そんな風に守られて育ってきた貴女がとても憎いし、羨ましい。そのガードを壊してみたいという感情さえあります」
「……………………」
「だから、こんな感情を持っている自分自身に泣きたくなるのです」
そう言って颯斗君は力なく項垂れる。その姿に私は声をかけることが出来なくて、
「はや……「ごめんなさい。僕は月子さんが愛しいからこんな感情を持ってしまったようです」
資料を置いて颯斗君は私の方を見て寂しく笑った。
「そんな、寂しい顔をしないで」
「なら、月子さんはこのもてあましている感情を取り除く方法でもあるというんですか?」
「それ、は……」
きっとその方法はない。颯斗君に指摘されたことを直していけばいいんだろうけど、私には出来ない。
「……きっとこんなことをやったら僕はいろんな人に刺されるんでしょうね」
颯斗君がつぶやいたことを聞き取ろうとしたけど、颯斗君の手が、
「……っ!」
私の首を閉める。呼吸ができず私は颯斗君の腕を自分から遠ざけようと試みたけど、所詮男と女。力の差がありすぎる。
「あぁ、すみません」
「ケホッ、ゴホッ……悪いって思って、ないくせ、に」
「えぇ、これっぽっちも思っていません。苦しむ月子さんの顔が見れて満足ですが、」
また、腕が延びてくる。逃れようとしたけどすぐに捕まって。今度はリボンタイを掴まれて、しゅるりと音を立ててそれは落ち、ブレザーのボタン、ブラウスのボタンを少し外されて。むき出しになった私の鎖骨部分に。
「っ……!た、い」
「こうやって傷をつけて、壊せたらいいのに。でも、やっぱり月子さんはみんなの女神さまで、僕を狂わせる人だ」
「い、やだ。颯斗君。やめて、くすぐったいし、いた…………!」
首筋を舐められたかと思えば噛みつかれる。颯斗君の歯形が、私の首にいっぱい付けられて。彼が何かを言ったような気がするのに聞き取れなかった。
「……今日はこの辺にしておきましょう。これ以上をかんがえると本当に僕は月子さんを壊してしまいそうだから」
「……満足、した?悩みは解決した?」
「いいえ。まだ満足も解決もしていません。きっとこれらが僕の中に消えることはないでしょう」
そう言って颯斗君は私の制服のボタンを止め直し、リボンタイを結んでくれた。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「それは……月子さんが僕のものになってくださいましたら、ね」
そう言って颯斗君は私の頭を撫でて、生徒会室を出ていった。
(颯斗君の、もの……)
その意味は、つまり。
(っ……!)
自信過剰でなければ、その意味は告白を意味するんじゃないかって思う。でも、それじゃあさっきの颯斗君の行動の意味はなんだろうと考えると、
(意識、させるためなわけないよね)
モヤモヤとした感情が私の中に居座り始めている。その、モヤモヤを取り払うためには。
颯斗君のものになることが、一番早いのかもしれない。
生徒会室に残された私は、その考えを振り払って残っている仕事を片付け始めた。
月を壊したい乙女
(身体も精神も壊れてしまった貴女はどうなるのでしょう)
(見たいと思う反面、このような考えを持っている自分自身が恐い)