うたの☆プリンスさまっ♪ | ナノ






星が煌めく夜だった。
私は深夜に一人街を歩く。流石に交通量は少ない。通っている車は深夜まで働いている人が帰っているのか、それとも夜勤のためなのかはわからない。また、遠くからの物資を運んでいるトラックは何を積んでいるかは知らない。というより興味がない。
私はただ、彼の元に鞄の中に入っている本を渡せばいいのだ。
これから会う私と彼はとある秘密を共有しあっていた。きっとこの秘密がバレたら彼はこの世を生きていけないし、私も生きていけない。

(もしくは、実験体にされちゃうかな)

どちらにしろ暗い人生にしかならない。そうならないために私はこの夜道を歩いている。
そして、待ち合わせの場所。周りは街灯によって昼間のように明るいが、その場所だけは違った。
深夜の高架下。そこだけは完全な闇に近い場所。私は三日に一度ここを訪れる。とある理由のために。

「……那月君」
「春歌ちゃん、こんばんは」
「待ちましたか?」
「遅いぞ」
「ごめんなさい、砂月君」

私はペコリと目の前の人に頭を下げた。ここは私たち二人だけの世界。
そう、私と“彼ら”二人だけ。
目の前にいる彼は二重人格を持っている。普段は那月でいるらしいのだが、時々砂月君が出てくるという。
寧ろ、砂月が出てくるのは那月の命が危ないときだ。

――そう、私と那月君は砂月君が出てきた時に出会った。
そして、その時から私と“彼ら”の秘密の関係が始まった。


* * * * *


ある日の夜だった。私は高架下を歩いていた。真っ暗なので何があったのか最初はわからなかった。急に首を絞められたのだ。

「女、命が惜しいか」
「……っ」
「惜しいと思うなら、血を差し出せ。じゃないと俺が危ない」

人の首を絞めて自分が危ないって言うのはおかしいのでは、と思ったがこのままだと私の命が危ない。
こくり、と頷くと絞められていた首が緩む。その誰かの手が私の肩を掴み、彼の吐息が私の首筋に触れたその時、

「ダメだよ、さっちゃん」

第三者が現れたのか、肩を握っている手がピクリと動いた。
そして、その手はやがて私の肩から離れていった。
後ろを振り返ると優しそうな顔をした青年が私を見下ろしていた。

「あ、あの……」
「那月は黙ってろ」

ありがとうございます、と言おうとしたら彼の表情は一変し、恐ろしい形相で私を見下ろしていた。

「混乱しているよな。当たり前か。でも、那月が止めても俺はお前の血をもらう。じゃないと那月の身体が持たないからな」

そう言って、目の前の青年は歪んだ笑みを浮かべて再び私の首筋に近づいて。


ガブリ


「っあああああああああ!」

噛みついた、噛みつかれた。痛みが私を襲う。それが過ぎ去るまでは大変だった。過ぎ去った後は、じゅるじゅると血を吸う音が私の耳に届く。

「っは。まぁ、こんなもんだろ。いいか、那月」
「……鉄の味なのに甘いですね」

私の首筋から彼の唇が離れた時には彼の顔は一番始めにみた優しい顔だった。彼は唇に付いた血を舐めとり、私に謝ってきた。

「ごめんね。さっちゃんが勝手に君の血を吸って。あっ、でもさっちゃんは僕だから結局君の血を吸ったのは僕になるんだ」
「あの、どういう意味ですか」
「僕は那月、そしてハーフバンパイア。さらに、砂月という人格を……つまり、二重人格なんです」

どういう意味だろう。何かの冗談なのだろうか。
ポカンとしていると、那月君はフッと笑って。

「これからゆっくり僕らの関係を話していきます。貴女はもう無関係ではありませんから。三日後、深夜にここに来てくれますか?」

それから三日後、私は彼の元にやって来た。
そして、私と彼らの奇妙な関係は始まった。


* * * * *


私はハーフバンパイアに噛まれた人間。本来バンパイアに噛まれたらその人もバンパイアになるらしいんだけど、私はならなかった。だけど、ひとつだけ代償を負った。三日に一度那月君に血を吸わなければ狂気に陥ると。
それがどういう意味かはわからない。私はきちんと三日に一度那月君の元にやって来ているから。
那月君は普通に生活ができるという。しかし、ハーフバンパイアだから住民票など持っていない。どこに住んでいるのと聞いてもはぐらかす。
住民票を持っていないから公共施設を利用できない。特に図書館を利用したいらしい。

「そうそう、これが読みたかったんですよ。ありがとうございます」
「那月君が喜んでくれるなら……」
「本当に春歌ちゃんは良い子で可愛いですね」

よしよしと頭を撫でられる。私はこの時間が好きだ。
しかし、幸せな時間は彼の声で終わる。

「食事の時間だ」
「そうですね、砂月君」

那月から砂月に変わるときが別れの合図。
それはお互いで決めたルール。深夜の密会だから私の安全を気づかったのだ。
言葉はぶっきらぼうでも私に気を使ってくれている砂月君に私は好意を持っている。もちろん、那月君にも。
二人はお互いに足りないところを補っているらしい。主に、那月君にない強い心を砂月君が。

「俺は、那月なんだ。那月の残像でしかない」
「……そんな」
「同情なんていらない。事実だから。俺は那月が自分は強いんだって認識した時点で消える。……でもな」
「でも?」
「……なんでもねぇ。ほら」

私はそっと髪の毛をどけて、砂月君に首筋をさらけ出す。つつつと彼の指は私の首筋をなぞる。ぞくぞくと変な気分になるから私はそれが嫌いだった。
そして、彼の指がとあるところで止まり、

「いくぞ」
「はい」

確認した後、ガブリと私の首筋に噛みついた。
軽く私は悲鳴をあげそうになったがなんとか堪えた。

「ん……」
「…………」
「っは……」
「お前、誘ってんのか」
「誘ってなんか、ないです」
「さっきからエロい声出しやがって」
「ごめんなさい」

謝罪の言葉を告げるとため息が聞こえた。振り返ると、

「貴女は無自覚なんですね。そういうところ、僕は大好きですよ」

いつの間にか那月君に戻っていた。
そして彼は私の頭をポンポンと撫でると、

「また、三日後に。この間の本に次回の本を挟んでおきましたから」

そう言って、闇夜に消えた。
足元には先日貸した、本があった。

「また、ね」

私は足元の本を拾い上げ、別れの言葉を告げる。
彼がどこにいるのか私は知らない。お互いの世界に干渉しないのが私たちのルール。
共有した秘密を守るための仕方がない。それに、私はこの奇妙な関係を気に入ってる。

「……帰ろう」

私はきっと三日後に“彼ら”に会いに行く。
この高架下の密会は私か彼が死ぬまで続いていくんだろうな、とふと思った。



高架下の密会


(いっそ彼と一緒に闇夜に行けたらいいのに)




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