うたの☆プリンスさまっ♪ | ナノ



レコーディングルームには音楽が満ちあふれている。その音は電子音だったり生の楽器音だったりする。そして、紡がれている音は春歌自身が作った曲だ。
しかし、その曲には歌詞がない。作詞は春歌が作ることも出来るのだが、何故か事務所のほうで止められてしまった。

「……どうして早乙女社長は歌詞を作るなって言ったんだろう」

自分の曲を一通り完成したあと、事務所に提出すると彼はこの作詞は別の人に作ってもらうと言って止めたのだ。その後に曲の収録だけはしておくようにとも言われたので、いま彼女は事務所のレコーディングルームを貸しきって曲の最終調整を行なっているのだ。

「……前もこうやってレコーディングルームを貸しきって曲を作ったなぁ」

一年前の春。七海春歌は倍率200倍という難関の早乙女学園に合格した。卒業オーディションに優勝すれば即デビューという条件のもと、ペアを組んだ相手とともに頑張ったのだが惜しくも2位。即デビューではなかったが、シャイニング事務所に籍を置くことになった。
そして、社長に言われたとおり作曲を続けていたのだがどれも採用されなかった。それでもつい先日できた曲はオッケーをもらったのだ。しかし、作詞を行うなと言われたのだ。

「……これでいいかな」

曲の最終調整。一度フルコーラスを流してみる。
在学中は相手にあった曲を作り続けた。しかし、いま作っている曲は誰かのため、ではない。誰がこの曲を解釈し、歌詞を付けるのだろう。
素敵な歌詞を付けてくれたらいいのに、と春歌は思っている。この曲にぴったりな歌詞をと。
やがて曲の編集が終わった。一応、編曲もできるようにピアノから譜面を起こしているので、編集した楽器以外で演奏することも可能だ。
春歌が編曲したCDをレコーディングルームから持ち出して帰ろうとしていたところに、

「よぉ、七海」
「ひ、日向先生!?」

いきなりの登場に驚く春歌は持っていたCDを落としそうになった。
その態度に日向は苦笑しつつ彼女に話しかける。

「もう、俺はお前の先生じゃねぇよ。社長が呼んでいる一緒に来い」
「は、はい!」

春歌に向ける背中はとても大きかった。歩いているときは無言の二人だったが、春歌はそれでも嬉しいと感じていた。

(日向さんと二人きり、か)

在学中に秘めていた想いがある。その想いは本当に小さなものだったから、在学中はほとんど気づかなかったと言ってもいいのかもしれない。
そして、卒業してから気付いた。

(私は、誰かが好きだった)

その相手が誰かはわからない。それでも、自分は恋をしていたのだと。知らないうちに宿っていた恋心。それに気づいたのはつい最近。芸能界の仲間入りをして、他人とたくさん交流して。そして、

『春歌の音ってまるで恋をしているみたいだね』

学園時代のルームメイトである友千香に言われて、自覚をした。
その、思いの先はもしかしたら。

「……もしもし、はい日向です。えっ、そんなことを言われましても……」

龍也の携帯の着信音。それは、彼が最後に歌った曲のメロディーだった。そして、電話先は取引さきなのだろうか。言葉がとても丁寧だ。

「はい、申し訳ありません。あの人の言葉は絶対なので…。はい、はい失礼します」

ピッと携帯の電源を切った。そんな彼を不安げに見る春歌。その視線を感じたのか、龍也は苦笑して、彼女の頭を撫でる。

「大丈夫、心配すんな。社長の用事があるからって言ったら引き下がってくれた。今から学園に行くぞ」
「はい!」

撫でられたことに幸せを感じる。そう、彼女の心に宿っている恋心。それは日向龍也に向けられていた。
学園時代では先生と生徒の関係。でも、今は同じ芸能界に生きていくもの同士。しかし、恋愛は油断禁物。誰かに見られて、報道機関等にスクープされたらこの世界で生きることが難しくなる。
だから、見つけてしまった恋心を再び春歌は封じ込めなければならなかった。封じ込めようと思った矢先に彼と出会ってしまった。むくむくと成長しそうな恋心を必死に抑える。それでもドキドキと高鳴る鼓動がうるさい。

「日向さんはどうして早乙女社長に呼び出されたんですか?」
「それが俺もわからない。まぁ、社長のことだ。どうせしょうもない頼みごとをするために呼び出したはずだ」

龍也は車の鍵を取り出し、ドアを開ける。春歌に入るよう促し自分は運転席に座って、エンジンをかけ、車を出した。
その間なにも会話はなかった。しかし、春歌は疑問に思うことがあった。恋愛禁止令があるのにこうやって男女が一緒に、しかも二人っきりで車に乗ってもいいのだろうかと。
その疑問を尋ねてみると、

「あぁ、大丈夫だ。周囲を確認しているし、この車は俺専用のじゃない。シャイニング事務所専用の車だ。お互いが事務所所属の人間だったら恋愛をしている、とよっぽどのことが無い限り二人で乗っても平気だ」
「そうなんですか」

春歌は納得したようなしてなような微妙な顔で頷いた。
そんなやりとりをしている間に車はいつの間にか早乙女学園に着こうとしていた。

「ほら、降りろ。俺は駐車場に車を置いてくるから、お前は先に学園長室に行って来い」
「は、はい!」

久しぶりに踏み出す早乙女学園。広大な校庭を横切り、正面玄関をくぐる。そしてそのまままっすぐ学園長室に向かう。

(本当に、ここに入るのは勇気がいる・・・・・・)

意を決してノックをする。すると、入ってマースとハイテンションな返事が聞こえた。

「し、失礼します……。な、七海春歌です」
「待っていました、Miss七海。曲はできましたカー?」

はい、と返事をして緊張しつつも持ってきたCDを渡す。ふむ、と早乙女はCDを取り出し、プレイヤーに入れてその曲を流す。

「なかなか良いのが出来ましたネー」
「あ、ありがとうございます」
「この曲だが……龍也サンに書いてもらおうと思ってマース。大丈夫ですか?」
「なっ、なんだって!?」

春歌が驚くよりも、先に驚いた声をあげたのは学園長室に入ってきた龍也だった。

「一体何を考えているんですか、社長!」
「以前教えていた生徒の曲を先生が歌詞をつけ、生徒がそれを歌う。これほど素晴らしい計画はナーイと思いマース!」
「……ってことは、この曲を歌うのは…学園出身者の人ですか?」
「そうデース。ちなみにもう歌手は決めていマース。Mr一ノ瀬、神宮寺、来栖の三人デース!これはもう決定事項なのデース。断ることはできまシェ―ン。いいですね、Miss七海、龍也さん」
「わ、私は構いませんが……」

春歌はちらりと隣に立っている龍也を見る。彼はとても気難しい顔をしていたが、

「社長命令には逆らえません。わかりました、歌詞の作成は俺が引き受けます。ただし、ひとつ条件を出してもいいですよね?」
「むむー。本当は条件など出してもらいたナーイのですが、聞きましょう」
「俺が歌詞を作っている間は取締役の仕事を減らしてもらいたい。もちろん教鞭はとり続けるけどな」
「ふーむ。まっ、いいデショー。しばらく取締役の仕事も、ミーがしましょう。では二人ともがんばってクダサーイ」

パンパンと手を打って、早乙女は二人の背中を押し、部屋から追い出した。
追い出された二人は互いの顔を見合わせる。しばらく黙ったままだが、口を先に開いたのは龍也だった。

「全く、お前もどうやら社長のお気に入りになったみたいだな」
「わ、私が社長のお気に入り、ですか?」
「あぁ。あの人は何を考えているのか全く読めない人だが、人を見る目はピカイチだ。だから、お前の才能を学園時代から感じ取っていたんだろうなぁ。だから、今回こうやってお前の曲を採用してあの人なりのビッグプロジェクトを出そうとしているんだろうよ」
「そうなんですか……」
(わ、私が社長のお気に入り、か……)

取り立て目立つような容姿でもない。どちらかと言えば空気のような存在、と言われていた春歌。それでも、早乙女は彼女の能力を引き出して表舞台で活躍できるように誘導してくれたのだろう、と龍也は考える。

「まっ、俺にかかれば歌詞なんてかっこいいものを作ってやるぜ。歌うのはあの三人か……いろいろと組み合わせが不思議なやつらだが、なんとかなるだろう」

なんだかんだ文句を言いつつもどうやら歌詞を作る気満々らしい。そのまま歩き出す龍也を慌てて春歌は追いかける。

「あ、あの日向さん。どこに行かれるんですか?」
「んー。学校のレコーディングルームだ。あそこなら誰にも邪魔されにくいからな。お前の曲を一通り聴いて、お前がどういう思いでその曲を作ったのかを聞きたい。いいな」
「はい!」

頷いてから春歌は気づく。この曲を作った思い。それは、

(日向さんに対する恋心だなんて、言えない……)

気づいた恋心を封じ込めようとしているのに、さらに傷口を広げるような今回の出来事。
春歌はこれからの自分に不安を覚えながらも、それでも大好きな人と一緒に曲を作ることができる今に感謝を抱きつつ、頼れる龍也の背中のあとを追っていった。


摘み取る時期を間違えた


(気づいたこの心を隠しながら曲を続けていけるのかな)





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -