ありったけの愛してる


私達が清盛を倒して、私が京に残ることが決まって数カ月後。私は六条堀川…九郎さんのお屋敷に住んでいる。しかし九郎さんは京に戻ってきてすぐ頼朝の命令で鎌倉に呼ばれてしまって、行く宛のない私に九郎さんは留守を頼むとここに住んでいいという許可を遠まわしに得たので朔達の誘いを断りここに住んでいる。九郎さんは頼朝さんのもとでこれからの争いのない世界で必要なことをたくさん勉強しているらしい。ときたま頼朝が思いもつかなかったような政策案を出したりして、それが実際に執り行われていたりと、戦しかできなかった九郎さんが活躍していると聞いて安心と嬉しさがこみ上げた。だけどもう3カ月なのだ、九郎さんと会っていないのは。景時さんや弁慶さんはまだまだこっちに不慣れな私を心配して会いに来てくれたり、文を寄こしたりしてくれる。けど、本人の九郎さんからは何一つとして連絡が来ない。二人からは梶原邸に住めばいいと何回も言われた、そのたびに私は断った。九郎さんに留守を任せられたのは何か意味があるのかもしれない、九郎さんが私を想ってくれてるかもしれない…そんな淡い希望だけが私をこの屋敷に留まらせてくれた。でも何か連絡くれてもいいと思うのは私だけなのかな。

「そういえば告白したのはわたしだっけ…」

白龍に五行が高まったよ、と言われて…でも九郎さんと離れたくなくて、そのくらい好きで、"離れたくない"って言ったら"離れるな、俺の傍にずっといてくれ"って言ってもらって…すごく嬉しかった。思い上がりだったのかな…?

「これって、ただ"源氏の神子"の名が使えると思ったからなのかな。九郎さんからしてみたら私なんてやっぱり頼朝さんとかの下だもんね。神子がなくなれば九郎さんと私を繋ぐものって同じ師を持つ兄妹弟子だけだし。」

そんな曖昧な関係だったのだ。離れてから気付く。そう言えば京に戻ってくるまでの間、1か月くらいはあったけどその間に好きだの愛してるだの言われた記憶がない。照れ屋だからって仕方ないって思っていたけれども、あの言葉はもしかしてそういう感情で言ったものではなかっただけなのかもしれない

「あ、今になってすごく不安になってきた。九郎さんは何のためにここに住まわせてくれてるんだろ…何のために置いてくれてるんだろ…」

"離れたくない"ってのは私が朔や白龍、弁慶さんやヒノエ君、景時さん、敦盛さん、先生と離れたくない、でも住む場所も身分もない、どうしたらいい?って意味だったのかもしれない。九郎さんは優しいから、困ってる人を見捨てたりはしない。

「そうしたら私ってすごく邪魔ものだよね…九郎さんのお荷物だよ…しかも良心な九郎さんを利用した最低な女…」

私は九郎さんと離れたくないって意味だったけど、恥ずかしがり屋で自分の事にはとことん鈍感の彼はそれに気づいてない可能性が高い。

「それで鎌倉で彼女作って戻ってきたら私は本格的に邪魔になってくるよね…あーこんなことなら何も言わず変えれば良かったかな。そうしたら九郎さんに迷惑かけずに…私も向こうで…」
こっちへ来る前みたいな生活を送って…新たな恋を見つけられたかもしれない。

望美の眼から涙があふれる

「ふぇ、くろうさん、さびしいよ…」

声は帰って来ない、女房も皆、寝静まってる時間なのだ、聞こえるのはカエルやフクロウの泣き声だけ。

「……今から白龍に願っても、まだ元の世界に帰してもらえるかな?」
「望美!!」
「!!!」

望美がふと漏らした独り言、その刹那に後ろから懐かしい、聞きたかった声が聞こえた。望美が顔を見たくても後ろから抱き締められていては見れるものも見れない。望美は瞠目した。夢ではないのかと、そんな気分にさえなった。

「……帰ってしまうのか。」
「え」
「俺は…」
「くろう…さん?」

泣いてる?

「すまなかったと思ってる、望美に寂しい思いをさせてしまったことを。まだお前はこちらには不慣れで俺が傍についててやるべきだったのに。俺は…」
「九郎さん…」
「すまなかった」
望美を放すまいと力を入れ、でも痛みを感じさせないくらい優しく抱きしめる九郎。
「良いんです、九郎さんが忙しいのはわかってましたから。こんなことで泣いてちゃ駄目ですよね。わかってるんです…私は九郎さんのお荷物でしk」
「…だから帰ると言うのか?」
こくんと頷く望美。下を向いてるため表情は九郎からは分からない。
「………私より他に九郎さんのことわかって、支えてくれる人がいると思うんです。私はまだまだ子どもで、九郎さんの近くにずっといて九郎さんに"愛してる"って言ってほしい…知ってましたか、私1回、一人で鎌倉に行ったんですよ。」
「馬鹿もの!一人で来るな!せめて弁慶あたりにでも供に…」
怒鳴るような声を上げる九郎、しかし望美は淡々と話を進めていく。九郎はどこを見ているんだと望美の視線に合わせる。上を、月を眺めていた、しかし望美の眼には感情の色が抜け落ちているように見えた。…龍神に呼ばれた神子の様な、そんな印象を受けた。
「でも、会えませんでした。許嫁ですって言ったらそれは嘘だと九郎さんが言っていたと…私と九郎さんを繋ぐものがないからって門前払いでした。」
「……・」
九郎は後悔した、随分前のこととはいえ誤解を招くからと説明したことがここになって仇となったことを、何も気づかずのうのうと生きていたことに。肩が震え泣くのを我慢してるのがわかる望美に対して何もできない無力な自分にこれ以上にないほどの殺意が湧きあがっていた。
「私我儘なんです。たった3カ月でこんなに弱音吐いてます。九郎さんに迷惑かけてます、傷つけること言ってます…でもこれ以上九郎さんには傷ついてほしくない…荷物になりたいんじゃないんです、力になりたいんです。だけど私は……もう神子という地位も、力も何も残ってない…だから……だから…」
「……だからお前は帰るというのか」
「はい、」
「断る」
「はい、……え?」
「俺は…俺だって望美と会えなかった三月、お前が恋しくて仕方なかったんだ。想いは募るばかりで…どれだけお前の事を想っていたと思うんだ。こうして抱きしめて、声を聞きたくて、笑顔を見たくて…」
「……ごめんなさい」
怒るような口調の九郎に望美はビクッと肩を少し震わせ謝った。
「謝るな…怒っているんじゃない…怒ってはいるが、お前にじゃない…自分に対してだ。俺が…お前をここまで追い詰めてしまった。すまん。謝って済む問題ではないのかもしれないが、言わせてくれ。本当にすまなかった!!」
「……」
「望美?」
九郎は抱きしめた腕に冷たい滴が落ちるのに気づいて慌てて望美と向かい合わせの位置に立った。
「あ、ご、ごめんなさい。」
そう言いながら袖で涙を何回も何回も拭う望美、しかし目から溢れ出たものはなかなか収まらない
「謝るなと言っただろ。」
また再び九郎は望美を抱きしめる、今度は前から
「本当は俺の自惚れかと思っていたんだ。"離れたくない"と言われて俺と離れるのが嫌なんだと。京に帰るまでの間にきちんとお前に俺の想いを言おうと思っていた、良い言葉が思いつかなくてなかなか言い出せなかったが。途中、お前と景時や弁慶、ヒノエと一緒に話してる姿を見てな…俺じゃなくて他の連中と離れたくなかったんじゃないかと思って、気付いたら京にいた。何も言いだせないまま鎌倉に行って、三月。俺が帰った時にはもうお前はいなんじゃないかと思っていた。そうしたら屋敷に帰るのが怖くなったんだ……言い訳だな。お前を傷つけたことに変わりはないのに」
力なく笑う九郎に今度は望美が力を入れて九郎に抱きついた。
「くろうさん」
「望美…俺は望美を愛してるんだ。心の底から、何ものにも代えがたいんだ。俺が大切にしたいのは望美なんだ……一緒に鎌倉に来てほしい。」
「え…」
望美は九郎を見上げ目を大きくする。
「もう住居も、お前を伴侶として迎える準備もできてる。」
「くろうさん、」
「俺はまたお前に寂しい思いをさせると思う。だがこれだけは約束しよう、望美が願えば何時如何なる時も"愛してる"と言うことを。……これではダメか?」
何時になく真剣な九郎に望美の涙は収まった、望美は九郎の胸を押しふるふると首を横に振った。
「九郎さん」
「望美」
「連れて行ってください。私は九郎さんといれるなら帰ろうなんて思いません。」
涙を流しながら笑顔で言う望美に九郎はこれ以上にないほどの幸せを感じ、そっと望美を腕の中に閉じ込めた。









ありったけの「愛してる」を君に言うと誓おう




<了>


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