嘘と外套


「弁慶さん」
「何ですか望美さん」
弁慶の用で暇つぶしに一緒に熊野に来ていた望美は、ふと思っていた疑問を口にした。
「その外套暑くないですか。」
「…言われてみればそうですね。」
「とらないんですか」
「あると落ち着くんですよ」
「…」
たんたんと続く会話、弁慶は前を向きその瞳には感情を映さないような何かを感じさせた。
腑に落ちないという顔をする望美に弁慶はにっこりと笑い付け加えた
「こうして包まれば望美さんと2人きりですね」
バサーッと黒い布を翻しあっという間に弁慶と望美は外套にすっぽりと収まった。
「べ、弁慶さん!」
「クス、可愛い人ですね君は」
望美は顔を真っ赤にして下を向くばかり。
「さて、冗談はさておき帰りましょうか。」
人目が少ないと言えば少ないがやはりちらほらと注目を浴びてしまうのが常であり、夕陽もそろそろ本格的に地へと沈みだしそうな時間である。弁慶は外套から望美を開放し、すたすたと前を歩いて行った。
一瞬、切ない顔をしたのを望美は見逃さなかった
実は望美は弁慶と一緒に行動をしていた時偶然にも聞いてしまったのだ、"弁慶は鬼の子ではないのか"ということを。歩く先々でそんなに多くないものの"鬼の子がやってきた"だの"汚らわしい"だの、弁慶に聞こえてるかは不明だが望美はしっかりと話を聞いていた。
「(やっぱり、気にしてるんだ)」
スタスタと前を歩く弁慶、その背中にはどこか哀愁が漂いこのままにしておけない何かを感じさせた
スルスルバサッ
「?!望美さん?!?!」
突然外套をとられ顔を公に表した弁慶はひどく驚いた様子で望美を見る
「……望美さん、返してください」
「いやです」
「どうしてですか、僕はそれがないと困るんです」
「鬼の子と言われるからですか、傷つくからですか、」
「……知っていたんですか…ですがそれとこれは関係ありません。」
「嘘です、自分がどんな顔して言ってるのかわかっての発言ですか」
「……僕はここに余計な問題を持ち込みたくない。それを返してください、そして早くここから帰りましょう」
「いやです」
「望美さん」
「いやです、弁慶さん。もう嘘をつくのはやめてください。傷ついた顔をしながらそんなこと言われても説得力無いです。
それに、こんなもので隠すなんて本当に鬼の子と言ってるようなもんじゃないですか。嘘で身を固めても、これで姿隠しても、弁慶さんが弁慶さんであるという事実は変わらないし、真実なんです。嘘が優しさじゃないんです、この外套で自分を隠すことが皆を守るとも違うんです、それは弁慶さんのエゴです。弁慶さんは弁慶さんじゃないですか…」
「……」
「……ごめんなさい、偉そうなこと言いました。これ返します」
望美は下を向き外套を弁慶に渡す、望美の眼には涙が溜まっていたのかそれが弁慶の手を濡らした、弁慶は瞠目する。
「……いえ、謝るのは僕の方です。ごめんなさい、それとありがとうございます。」
弁慶は望美の顔を両手で掬うように持ちあげ目元に未だ溜まっている涙を拭きとった。
「本当は自信がなかったんです、兄ともヒノエとも違うこの髪のことを。本当に鬼の子ではないのかと、この髪のことで幼少の時よくいじめられましたから、それが根についてしまっていたんですね。だけど……」
優しく、いつもの黒さを含んだ笑いではなくただ素直に真っ直ぐ望美を見て
「僕は僕ですね。望美さんの言うとおりです」
「弁慶さん」
次の瞬間には望美も涙も何もかも吹っ飛ばして満面の笑みで弁慶にほほ笑んでいて
「帰りましょうか」
「はい」

この日から弁慶は外套を外す日が増えてきた。


「弁慶さん!今日外套つけるのは暑いですよ!」
「ないと落ち着かないのも本当なんです」









<了>


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