そこに僕の名はない
熊野で将臣と再会してからというもの、ことあるごとに望美と将臣はいた。幼なじみで、多分お互い好き合ってるからこそなんだろう、と流石にそういうのが疎い俺でも思う。そして度々、2人は自分達の世界のことを話すのだ。"けいたい"がないと不便だとか、"すかあと"というものの予備が欲しいだとか、それはそれはたくさん……俺のわからない話をする。それを何故かかなりの頻度で目撃してしまう俺はとことんついてないのだろう、しかしある時から2人を見る度胸の辺りがモヤモヤして、鋭く鈍い針がじわじわと心の臓に刺さる気分を得るのだ、この痛みがわからない俺は弁慶ならわかるんじゃないかと、弁慶のもとに行った。
「弁慶」
「何です、九郎?」
弁慶はあまりにも深刻そうな顔で入って来た九郎にとりあえず座りなさいと促し、空いてる場所に向かい合わせで座った。
「なんかここ最近、この辺がモヤモヤして痛くなるんだ……俺は変な病気にかかったのだろうか…」
「うーん…現段階ではよくわかりませんねぇ。何をしたら痛いとかわかりますか?」
「そういえば……望美が将臣と話してるのを見てると必ず痛くなるな」
「………」
その一言で九郎の病気の正体がわかった弁慶。
「弁慶?」
「…あ、すみません、僕としたことがつい…」
心配そうに目を覗き込む九郎に弁慶は慌ててにやけそうになる顔をなんとか堪え、九郎に目線を合わせる
「俺は不治の病にでもかかったのか?」
「いえ、違いますよ。」
「では何なんだ。」
「簡単なことですよ、九郎は望美さんを慕ってるんです。恋ですよ。」
「こ…い…」
「望美さんのことが好きなんでしょう、ね、九郎?」
にっこりが似合うように言えばたちまち九郎の顔が赤くなり…
「い、いや、おっれは別にっ、望美の事なんて…」
「はいはい」
「もういいっ!お前に言った俺が馬鹿だった!」
俺は慌てて弁慶の部屋を出て赤くなった顔を冷ますように渡を歩いた。
「そろそろ暑くなってきたからキャミソールが欲しいなぁ。」
望美の声だ。
「あー、確かに。こっちきた時の夏、タンクトップがこれ以上にない程欲しかったもんなぁ。」
「将臣君、言い方がおじさんくさい…」
「しゃあないだろ、こっちに…」
また将臣と望美があっちの世界のことを話している、またズキンと心が痛む。2人に見えないように近くの部屋に入った。別に隠れる必要はないのだが。
「将臣君、あっちに帰ったらケーキ食べに行こうよ!譲君と3人で!」
「そうだなぁ、行くか。」
「じゃあ約束ね!それまでにきちんとお世話になってる人に恩返し終わらせとくんだよ?」
「へーへー。」
望美のこれ以上にない程の明るい声。将臣にしか聞かせないであろう、本当の望美。
胸が痛むきりきりと、これでもかというくらいに深く深く。この痛みが例え望美を想う気持ちからならば神はなんと残酷なのだろう。望美の世界に俺の名はないのだから……
この痛みをどうしていいかわからない俺は、そっとその場を離れることしか俺にはできなかった。
<了>
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