残念ながらべた惚れ
いつもの帰り道だった。
夏の暑い陽射しは大分沈んでいる時間なのだが、その日は異様に喉が渇き、望美の分も買ってくると言って自販機に飲み物を買いに行った後、戻って来た時だった。望美はあるファンシーな店の前のショーウインドーでずっと立って何かを眺めていた。
「…ほれ。」
「きゃっ?!」
俺は望美の頬に水滴のついたジュースを渡した。
「もう!いるんなら言ってよ!」
「ショーウインドーで反射してるからわかるだろ〜」
笑いながら言うと「あ、そうか。」と望美は納得し、またショーウインドーの中を見始める。今日の望美はなんだが覇気がないように思える。ふと視線を望美に合わせて追うと、熊のぬいぐるみと目があった。
「欲しいのか?」
「え?…あー…うん。」
何やら曖昧な返事。
「?」
「欲しいんだけど、このぬいぐるみと同じ金額でもっと良さそうなのが買えるような気がするんだよね。」
熊のぬいぐるみを見ながら一言。
「変に慎重だな。」
笑いながら言って、後悔した。
いつもの望美なら「次の給料日に買ってよ」とでも冗談を言うとこなのだが今日の望美は静かにショーウインドーを見ていた。
「そりゃあ…ね。あの世界に行って戻ってきたら、なんか…。」
「……」
俺も還内府という位置にいたから望美が言いたいことはわからなくない。
しばらくの間沈黙が二人の間に流れる。
熊のぬいぐるみは喋らずずっと俺達を見ている。
「将臣君、」
「ん?」
「帰ろ」
「そうだな」
開けたジュースの缶を捨て、また帰路へと戻った。
次の給料日がいつだったか
次の給料日は熊のぬいぐるみに、望美の好きなお菓子をいらないって言われるまで買ってやろう。たくさん買って、たくさん楽しませてやる。惚れた女をこんなちっぽけな事で悩ませないために。
「望美ぃ!」
「なぁに?」
「15日、空けとけよ」
「わかった!…って学校は?!」
「サボる」
「………しょうがないなぁ、将臣君は。」
<了>
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