膝を抱えていると、男の人が私の肩に手を置いた。振り仰いで見れば、そこにはルフィのお兄さんがいる。


「お兄さん…」
「会いに来たよ。久しぶりになって、ごめんな」
「無理して来てくれなくても――」
「そこは寂しかったって言ってくれると嬉しいんだけどな」


この人はいつも不思議なことを言う。
何だか私の発言を人間らしく修正するみたいに、導くみたいに、いつも風変わりなことを言う。
けれど指摘されると、ああ、そっちのほうが私の気持ちに合っているなあ、と感じる言葉であると知る。この人は私自身よりも私の心のうちを知っていて、鈍感な私に感情と感情が表す言葉を教えてくれる。

寂しかった。

言われた通りに呟くと、すとん、と重かった胸が軽くなった気がした。
お兄さんに最後に会ったのはいつだったっけ。ひい、ふう、みい。途中までは数えていたのに、いつの間にか辞めてしまった。
数字が大きくなるにつれて、何だか胸に重たいものが溜まっていくからだ。ひい。ふう。みい。どすん、どすん、どすん。日付が変わるその瞬間、数字が増えるその瞬間、鉄球を呑み込んだみたいに胸のあたりが重く苦しくなって、無性に膝を抱えたくなる。

昨日も来なかった。
今日も来なかった。
だから明日も来ないだろうとわかっているのに、ああ、どうしてか私は彼を待つ。
甲板の上で、日付が変わって数字が大きくなるその瞬間まで、ひたすらに彼を待つ。

来るかもしれない。
来てくれる、かもしれない。

そう思って、ずっと待つ。
それが続くと、胸が重くなりすぎて動けなくなってしまった。

夜の波の音さえ聞こえなくなるほど意識を外に手放して、朝に焦がれる。

そんなとき、お兄さんが現れた。
深夜、誰もいない船に降り立って私の肩に触れたお兄さん。膝を付いて、私に触れたお兄さん。

寂しかった。

もう一度、言った。
お兄さんは私を抱き締めてくれた。
胸が軽くなる。ふわふわと、軽くなる。


「俺も寂しかった」


囁くような声だったけれど、静かすぎる海原ではよく通った。


「プレゼントがある。だから機嫌を直して欲しい」
「プレゼント?」


言いながら差し出したのは正方形の箱だった。有名なメーカーの九ミリ弾だ。わざわざ弾薬を買ってきてくれたのかと受け取ると、異様に軽い。


「……ん?」
「開けてみて」


開けてみると、弾丸が並んでいた。でも、色鮮やかだった。赤。黄。ピンク。青、緑、紫。ひとつ、手に取ってみた。ふにふにしている。


「弾丸の形をしたグミだよ。いま、お土産で人気なんだって。アラシにぴったりだと思って衝動買いしたよ」
「何味ですか?」
「わかんない」


ふと、頬が弛緩した。
紫色の弾丸グミを頬張ると葡萄の味がする。


「うん、お菓子です」
「そりゃあね。どう? 嬉しい?」


この人はいつもこの感情と感情が表す言葉を教えてくれる。
ふわふわした胸の軽さの意味を教えてくれる。

嬉しい。

それからポツポツと会話を続けていると、空が白み始めた。
ぴったりと寄り添ってくれていたお兄さんが黙ったので、ああ、もうそんな時間かと察する。


「そろそろ行かないと」
「わかりました」
「また会いに行くから」
「わかりました」


お兄さんの体は優しいのに固い。これが筋肉なんだろう。女の人には到底つけられない量の筋肉なんだろう。
胸板にぐっと押し付けられた体は少し窮屈なのに、ほっとする。


「待っていると言ってくれると嬉しい」


そうだね。
でも、この気持ちはその言葉だけでは言い表せていなかった。お兄さんは気付いているのだろうか。気付いているのだろう。敢えてその言葉を教えてくれなかった。教えたら、私がそれを言っていいのか困惑すると知っていた。

だから私も教えられた気持ちだけ告げた。


「待ってます。毎日、ずっと」


ありがとう。
そう囁きながら、お兄さんはうんと腕に力を込めた。
大好きだよ。
その言葉が波の悪戯ではないことを祈りながら、なんて返事をしようか迷ってしまう。どう言うのが正解なのだろう、どの言葉を選べば。


「私もって、言って……?」


もちろん、その言葉以外には思い浮かばなかった。

私も。





気持ちの言葉
(行かないでとは、まだ言えなかった)




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