なぜ。
なぜなのだ。
私は今、駅のホームで新幹線を待っている。
足下には2泊分の荷物。
身に付けているのは制服。
目の前には、クラスメイト達。
そう、修学旅行だ。
私は破面だ。
出来損ないで、とある理由から少し前に現世に降り立って、高校生として過ごしている。
だから人間のことはよくわからない。流行とか、常識とか、女の子達が何に興味があって、何の話題を求めてるのか、さっぱりわからない。
そのせいで、私は転校してきた初日からずっとひとりだ。
「くっそ…貧乏を理由に不参加でお願いしますって先生に言ったのに…! 同情した校長が旅行代を立て替えてくれただあ? 一生に一度の旅行を楽しめだあ? ぼっち族を舐めんなよ…ほんっとに」
ぼそぼそと呟いていると、電光掲示板に列車が来る旨が表示された。
「はい、車内は自由席だから好きな人とペア組んで座れよー!」
拷問か。
あの教師、一人身にとって自由とペアという言葉がどれほど苦痛なのか知っているのか?
前方にいるクラスメイト、ならびに他のクラスの同級生はもう興奮しっぱなしだ。
あー、はいはい。
もう体調不良ってことにして帰ろうかな。
とか思っている間に、新幹線がホームに滑り込んで来る。
ぱっくり開いた地獄、もとい出入口に生徒達がぞろぞろと吸収されていくなかで、私も何だかんだで流れに乗って車内に足を踏み入れた。
がやがや。
がやがやがやがや。
通路を挟んだ両側に二人用の席がずらりと並んでいる。
一列目から生徒達で埋まっていて、お菓子を出したり、自由行動にはどこに行こうか、勇気を振り絞って想い人を誘うとか話している。
私は通路を歩いていた。
席は空いていない。
同級生の楽しそうな顔が続く。
あー、これぞ拷問。
中程まで差し掛かったとき、私を背後から追い抜く人がいた。
「あ、すみません」
肩がぶつかりそうになって、謝る。
相手は、でも、全く気にも止めず、むしろ追い抜き様に私の手を取って通路を歩き始めた。
そして空いていた席に私を追いやると、荷物を奪って天井の金網に乗せてしまう。
で、私の隣に腰をおろす。
「…石田、どうしたの」
「早く座りたかった。なのに目の前を君がちんたら歩いてて邪魔だったから席に案内しただけのことだ。早く座ったらどうだい? 発車するよ」
「う、うん」
そして何故か私はひとりではなく、石田の隣に腰を落ち着けた。
何だか妙な気分ではある。
走り始めて、しばらく経つと新幹線が最高速度になった。
びゅんびゅん景色が通り過ぎていく。
と、それまで黙ったままだった石田が急に雑誌とお菓子を鞄から取り出した。
「僕のだけど、食べたかったら食べてもいい」
「あ、ありがとう」
何故か私達の間に置かれたクッキー。
一枚、貰っておく。
「間違えて買ってしまったから、これも飲んでいい」
「うん?」
そしてペットボトルのお茶までくれた。
おっちょこちょいなんだなあ。
間違えて飲み物を買うなんて。
そして観光案内の雑誌を広げながら、また話始めた。
「今回の京都、奈良の旅行。僕は相国寺に行こうかと思ってる。天井に龍が描かれているところだ。堂内で手を叩くと音が反響して、龍の鳴き声に聞こえることから『鳴き龍』とも呼ばれているらしい」
雑誌に目を向けながら話すので、独り言なのか、私に話し掛けているのが判断がしづらい。
「うん」とは返してみたものの、それが正解なのかはわからなかった。
「あとは王道の観光地、龍安寺。石庭が有名で、角度によって見える石の数が変わってくるらしい」
「へえ、そうなんだ」
石田は眼鏡を中指で押し上げながら、言った。
「一緒に来るかい?」
お茶を飲もうとしていた手が止まった。
石田を見つめてみるけれど、石田は雑誌から顔を上げない。
「え、いいの?」
「僕は別にひとりでも構わないけれど、君が来たいなら、そうすればいい」
「マジ? や、やった…ありがとう」
ふと、雑誌にある見出しに目が止まった。
「あ、それも行きたい。八ツ橋全種類食べ比べ」
「…君がそうしたいなら、連れて行ってあげなくもない」