落忍 | ナノ


雨が弱まったことはわかっていた。
偶然見つけた洞窟に飛び込んでみたのはいいものの、朝方は冷え込む。
胸の膨らみを隠すために巻いていた分の包帯をほどいて腹に巻けば、止血は出来た。


「これから、どうしようか…」


行く宛はない。
むしろ忍術学園に捕らわれていたほうが楽だったのではないかと思えるほど、路頭に迷う未来が想像できる。
見せ物小屋には行きたくないし、しばらくはこの洞窟で暮らしてお金を盗んで貯めるしかないか。

まあ、明日からでもいい。

とにかく今は疲れてしまった。
もう一度、眠ろう。

そう思ったのに、気配がすぐ近くで動いた。
咄嗟に苦無を出すも、一足先に相手が斬りかかってくる。
甲高い音を立てて、刃と刃がぶつかる。

相手を見て、うんざりとした。


「…利吉さんですか」


いっきに力が抜けた。
しつこい、この人。


「あれだけの怪我をしていたんだ。出血と体力を考えても、この辺りが限界だと思ってね。まあ予想より遥かに遠方まで来ていた点はさすがだと思う。それに雨避けには洞窟は最適だから」
「ああ、そうですか。忍術学園に連れて行きます? それとも殺します?」
「忍者が求めるのは、まずは情報だ。タソガレドキはどうしてこんなことを?」
「知りません。私もタソガレドキとは縁を切られたもので」
「…なぜ?」
「利吉さんに正体を知られたからですよ」


苦無を放り投げて、背を岩肌に預ける。
まだ空は白んでいて、鳥のさえずりが僅かに聞こえる程度だった。
夜通し私を探していたのかと思うと、利吉さんも風変りな人だなと思う。


「なるほどな。ドジを踏んだな」
「ええ、まったくです。我ながら失敗の連続でした。だから見逃してくれると嬉しいんですが」
「そうするように見えるか?」
「見えなくもないです」
「馬鹿にしないで欲しい」


ぐっと胸ぐらを掴まれた。
瞬間、利吉さんの顔がはっとした。


「…女だったのか…!」
「ああ、はい。そうです」


露になった胸を見られた。
けれど、もう隠す意味もない。


「見逃してくださいよ。何だったら、お相手しますから」
「本気で言ってるのか?」
「腹に穴が空いてる女でも欲情してくれるのであれば、ですけど」
「出来るさ」


言いながら、利吉さんは私の両手を岩に縫い付けて口付けをしてきた。
冷えた朝には似つかわしくない温度の舌が唇を舐めて来て、口をそっと開ければ舌が捩じ込まれる。

けれど、すぐに止まった。


「君は、本当にくノ一なんだな…すんとも嫌がらない」
「まあ、そこらへんは」
「彼が騙されたのもわかる気がするよ」
「…仙蔵、ですか」
「ああ、君の口付けは、愛されてるような錯覚を起こす」
「そうですか」


たいして嬉しくもない。


「泣いてたよ」
「…あの仙蔵が?」
「雨で気付かれないと思ったのかもしれないけれど、私にはわかった。彼は泣いていた」
「そうですか」


仙蔵の泣き顔がちらついた。


「…なんだ。悪びれなければ忍術学園に連行しようとしたのに、罪悪感を感じてるんじゃないか」
「別に感じてません」
「いや、感じてるよ。その顔は、後悔してる」


しばらく睨み合って、利吉さんが折れた。
私の着物を合わせて、立ち上がる。


「じゃ、私はこれで失礼する」
「…は? 殺さないんですか?」
「私だって鬼じゃない。正式な仕事でもないのに、殺すだなんて野蛮なことはしたくないよ。それに、久しぶりに女性と触れ合えたことだしね」
「…たかが接吻だけで」
「まあまあ。君も誰にやられたのかは知らないけれど、負傷しているしね。それにしても、よく相手から逃げられたね」
「…忍術学園に戻るなら、これを留三郎と仙蔵に渡してくれませんか」
「手紙?」
「せめて、これくらいは」
「…そうか。わかった」


手紙を懐に収めるのを見つめながら、問う。


「いつから私が怪しいと思ってたんですか?」
「最初からだよ」
「え」
「身のこなしが良すぎた。それに、目かな」
「目?」
「そう。忍術学園に通っているにしては、情熱や希望がない。忍者の暗いところを見てきたような冷たい目をしていた。場数を踏んでると思ったんだ」
「ああ、そうですか」


そんなもの、隠しようがないじゃないか。
やってられない。


「あ、あと、忍者にしては、綺麗すぎたかな」
「はい?」
「くノ一とわかって、納得したけど」


悪戯に笑ったあとで去っていく利吉さんを見送って、理解した。

どうして私は逃げられたのだろう。
あの雑渡さんが、私を見失うはずがないのだ。
ましてや負傷していた私が逃げ切れるはずがない。
そうか、雑渡さん。

私を逃がしてくれたのか。

忍術学園からも、タソガレドキからも。
忍者から足を洗えるように。

雑渡さん。

本を開くと、白い花が赤く汚れてしまっていた。

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