「悪かった。私も寝ていて気が付かなかったんだよ」
「へえ」
その日、仙蔵の機嫌が極限に悪くて、私は朝から謝罪を繰り返していた。
それもこれも留三郎と抱き合って眠っていたところを見つかって、あらぬ誤解を招いたせいだ。いや、確かに距離が近かったのは事実なのだが仙蔵が懸念する情事はない。
散歩だと称して山道を行く仙蔵の後を負うのも、疲れてきてしまう。
「それに隣には伊作がいるのだから、妙な真似は出来ないじゃないか」
「つまり二人きりだったら妙な真似をしていたと?」
「だから違うって」
どう弁解しても、今の仙蔵には聞き入れて貰えない気がしてきた。
これは、ほら、あれだ。
不機嫌というか嫉妬だ。不安になるのも無理はないのだろうけれど、その感情がよくわからない私としてはどう言えば機嫌を直してくれるのかも不明だ。
しかも左腕が使えないせいで、歩きにくいうえに体力が予想以上に削られる。
私と仙蔵の距離は開く一方だった。
「仙蔵、待っ」
がくっと膝が落ちた。
躓いてしまったのだ。
咄嗟に受け身が取れなくて、露出していた岩に右膝を強打した。
ガツッと骨と岩がぶつかる音がして、強い痛みが走る。
「大丈夫か!?」
仙蔵は素早かった。
私が痛がるよりも先に駆け戻って来て、体を支えてくれた。
そんな仙蔵の姿を見て、不覚にも笑ってしまう。
「助けてくれると思った」
言えば、仙蔵は唇を歪めて不愉快そうな顔をした。
けれどそこまで嫌悪感はなかったのか、すぐに笑った。
機嫌を直すのに、言葉はいらなかったみたいだ。
不思議な男だなあと思う。
「まさか、わざと転んだんじゃないだろうな」
「仙蔵のためなら、するかもな」
「まったく…」
仙蔵は私を立ち上がらせてくれた。
もう転ばないようにと手を握り締めてくる。
彼の指は力強いのに、愛撫するように優しい。
「学園に戻ろう」
「散歩はもういいのか?」
「うるさいな」
わかってたよ。
散歩なんかじゃなくて、構って欲しかったことも。
二人きりになりたかったことも。
少し先を歩く仙蔵の手を引けば、訝し気に振り返った。
視線の意味を察したらしい仙蔵が、私に口付けをする。
握っていた手が熱くなった気がした。
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