落忍 | ナノ


「――って、ことがあったんですよ」
「それはそれは」


休日の昼時、私は山道にある木陰でおにぎりを食べていた。
私が背を預けている木の枝には雑渡さんがいて、少し遠いけれど会話を交わしている。
雑渡さんはうまく枝葉に隠れて、外から見れば私ひとりしか視界に入らない。そうでなければ会えないのだから、忍者というのも手間が掛かる生き物である。

晴れていた。
風は穏やかで、葉の隙間から覗き見える空は薄い青色。雲は少なく、忍者という身分でなければこのまま山頂まで挑みたいところだ。


「だから立花仙蔵が冗談を言ってるのか、男色家なのか、女だと見抜いているのか判断がつかなくて。思わず、すぐ離脱出来るように軽く荷造りしちゃいました」
「15歳だからね、性欲も増してるだろうし、本当に男でも構わないと思ってるかもよー?」
「まあ、男しかいない長屋ですからね。で、どうしますか? このまま任務続行するのはいいとして、立花仙蔵に女だとバレてる可能性を考慮して、殺しておきますか?」
「うーん、もうちょっと様子を見ましょうかね。その子は学園の内部事情に詳しい?」
「六年生ですし、作法委員会の委員長でもありますから先生方からの信頼は厚いかと。内部事情に関してはさっぱりです。六年生ともなると、やはり口は堅いですから」
「じゃあ、立花くんと付き合っちゃって」


おにぎりが気管に入って「ぐふ」と噎せた。
予想外の命令だった。


「本気で言ってます? 肉体関係を迫られたら、それこそすぐに女だってバレますよ」
「うん。だからそこは焦らして、仲良くしとくの。何かしらの情報を得られるかもよ」
「まあ…命令とあらば従いますが…」
「ごめんね、大変な密偵の仕事を全部アラシちゃんひとりに押し付けちゃって」
「そこは気になさらないでください。もともと私はこういう潜入のために、表立ってタソガレドキとして働いてなかったのですから。そろそろ行って下さい。おにぎりを食べ終わってしまいます」
「うん」


昼食を終えているのに、この寒い中、いつまでも木陰にいるのは不自然だ。
だから、そう言うと頭上で雑渡さんが動く気配があった。
颯爽と駆けて行くのだろうと思っていると、何かが降ってくる。
片手でおにぎりを頬張りながら、もう片手で咄嗟にそれを受け止めた。

花だった。

どこに咲いていたのか、真っ白な小さな花だ。
雑渡さんに振り向きたい衝動に駆られたが、ぐっと堪える。
見てはいけない、
今、私達は会っていてはいけない関係なのだから。


「誰と付き合っても、君の心は私のもの。私の心も、君のもの。それを忘れないで」


風の囁きのようにそう言葉を残して、雑渡さんの気配が消えていった。
なかなか粋なことをする。
小さな花弁に触れながら、頬が緩んだ。

我が組頭は、些か甘すぎるきらいがある。


「どこまで本心なんだか」


よく分からないけれど、悪い気はしなかった。

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