「おいアラシ、起きろ」
「頼むから起きてくれないか」
留三郎と伊作に、ゆっさゆさと体を揺さぶられて居心地のよかった夢から意識が急浮上する。
勘弁してくれよと布団を被り直そうとすると、留三郎に剥がれてしまった。
「…なに。まだ夜に見えるんだけど」
しかめっ面で無理やり瞼を持ち上げると、部屋の隅に置いた蝋燭が淡い光源となって揺らめいている。障子の先はまだまだ闇が深く、朝も程遠い夜中だとわかった。
私と同室であるこの二人が何をそんなに慌てているのかは知らないけれど、連日の実習で疲れているから寝かせて欲しい。
けど、留三郎は私の頬をぱしぱし軽く叩いて現実に引き留めた。
「ゴキブリがいる。五匹。仕留めるのを手伝ってくれ。気になって寝られん」
「…確かに、それは由々しき事態だな」
さすがに五匹ともなると、横着で無頓着な私も心穏やかではない。
のっそりと体を起こすと、手裏剣を渡された。
「殺すか追い出すかだ」
「「うん」」
いつの間にか、この部屋のリーダーは留三郎になっている。伊作と私は留三郎の指示に小さく頷いて、私達三人は背中合わせに部屋の中央に立った。
しん、と静まり返った部屋に、かさかさと足音が聞こえる。
「そこか!」
留三郎の打った手裏剣が、見事に壁を上ろうとしていた一匹を貫いた。
あとは立て続けに四匹をそれぞれが仕留め、残るは最後の一匹だ。
だけどどこにもいない。
「もう逃げたんじゃない? 寝ようよ」
「そうだな」
「すまない二人共、見付けたら気になって起こしちゃったんだ」
相変わらず伊作の謝罪を二人でいなして、川の字で寝転がる。
天井を見上げて、三人が同時に目を見張った。
いた。
天井に一匹、張り付いている。
しかし手裏剣はもう置いてしまっている。
確か床のここらへんに置いたはず。
と、手を這わせると柔らかな何かとぶつかった。
見れば、留三郎の手だった。
不覚にも握り合った手を勢いよく離している間に伊作が仕留めてくれた。
「はあ…男同士で手を繋ぐなんて…気色悪い…」
「こっちの台詞だ」
失礼な留三郎の物言いに同感してやって、私達はようやく安眠についた。
私が女であることは誰も知らない。
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