02
(2/2)
まどろみの中にいた。
目が見えているようで見えていない。聞こえているようで聞こえていない。
ただ眩しいとだけ感じて身をよじる。
けれどすぐに見えない力で顔を元に戻され、再び眩しさを感じた。
何とか逃げようとその手を振り払う。
寝返りをうって深い睡眠に落ちてしまおうというとき、電流のごとく激痛が走って笠原は目をひんむいた。
「痛ぁーーっ!」
叫び起きた笠原は反射的に身体を起こそうとするけれど、痛みがそれをさせない。
縛られているわけでもないのに痛みで動けず、半ば混乱しながら痛みの波が引くのを待った。
そしてすぐに被弾したことを思い出した。
脂汗が滲む。
しかし、ということは真っ白な壁に囲まれたこの場所は病室ということだ。
「いたたたた…」
「当たり前だ!」
降り注いだ怒号の先を見やると、そこには堂上の姿があった。
たくましい両腕を組んでベッドの傍らに仁王立ちしている。
いつも以上に険しい表情で笠原を睨み付けていた。
「あ、教官」
「あ、教官、じゃない! あれほど単独行動はするなと言っただろう!」
「それはわかっています! わかっていましたけど、本が!」
言い終えることが叶わなかったのは、途中で堂上の拳が振り上げられたからだった。
殴られる、と思って目を瞑った笠原は来ない衝撃にそろそろと瞼を押し上げる。
すると堂上は脱力したように項垂れていた。
「無茶をするなと、言っただろう」
それは懇願に近かった。
普段、怒鳴ってばかりの教官がふいに見せた弱音は精神的に辛い。
胸をぎゅっと掴まれたように笠原は何も返せなかった。
謝るべきだった。
「心配をかけるなと言ったはずだ」
「すみません…」
「図書を一冊、握っていた。それだけで粗方の想像はつく。臨機応変な行動だったと言っていい。だがそれは無謀でなければの話だ。短絡にすぎる」
笠原は小さく頷いた。
いつも感情的に動いてしまうのは悪癖であると自覚している。
すると堂上は小さく嘆息ついて面会者用のパイプ椅子に腰掛けた。
「心臓が止まるかと思った」
「う、すみません…」
「隊員の前で郁と呼んだくらいだ」
「焦ってくれたんですね」
当然だ、と小さく呟きながらパイプ椅子に崩れ落ちた堂上は項垂れた。
迷惑をかけてしまったと笠原は肩身を狭くした。
「とにかく、無事でよかった。明日には退院出来るそうだ。おとなしく寝てろ」
立ち上がった堂上の顔は既に仕事へと切り替えられていて、笠原は半ば焦って口を開いた。
「もう戻られるんですか」
「なんだ、寂しいのか」
冗談で言ったつもりであったのに笠原は言いにくそうに口ごもった。
そんな反応をされては軽口をたたいた自分でさえ照れてしまう。
堂上は誤魔化すように頭を掻きながら踵を返した。
「教官!」
「安心しろ。今日は休暇を貰ってる。隊長が心配しているんだ。目を覚ましたと、電話報告くらいさせろ」
「あ、そうですよね。失礼しました。」
すると、堂上はもう一度笠原に向き直って、いつものように頭を撫でた。
くしゃりと髪を弄んで、ふと微笑む。
「明日まで傍にいてやるから、感謝しろよ」
もう堂上の微笑は恋人に向けるそれに違いなく、笠原は堪らずに満面の笑みを浮かべた。
「はい!」
(いつもと変わらない忠誠をあなたに)
それはいつまでも続く愛情
prev / next