死神 | ナノ


其れがたる所以  


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「プールじゃなくても全然楽しめるねー」
「だな」
「腹に穴のあいてる奴がいなきゃ泳げたのにな」
「ノイトラ様の仰る通りです」
「うるせえな! 黙って食ってろ!」


私達はビアガーデンにいた。

飲み放題に加え、ビュッフェ形式の食べ放題もあって二時間も居続けられる最高の場所である。屋根付きなので日差しも関係ない。
むしろ外はどんよりとした曇り空で、無風で、暑くもなく寒くもなく、飲むには最適だろう。
その証拠に、客もそれなりに入っている。

私達は円卓を囲い、やれビールだ日本酒だ、肉だピザだと食い散らかしている。
本来ならプールに行った帰りにここに来る予定だったのだけど、何せ水着になるとグリムジョーのお腹にぽっかりと開いた穴が目立つ。ティーシャツを着てみてはどうかと思案してみたものの、やっぱり水に浸かると体に服が張り付いて穴がわかってしまう。
そこでプールは諦めて、ビアガーデンにだけ来ることにしたのだ。


「ノイトラ、その服めっちゃ似合うよ。さすがノイトラのモデル体型と私の手作り」


ノイトラの体のサイズに合う服が売っていないため、石田の指導のもと、私が手作りした服を着てくれることが多くなった。
今日は光沢のあるサテン生地のグレージャケットに黒シャツ、スキニーのブラックパンツを合わせていて、なおかつ革靴。髪はサイドだけ編み込んでいて、とてもノイトラに似合っている。


「それに関しては褒めてやる。よくやった」


テスラにも称賛され、私は満足げに笑った。
ノイトラは「ありがとな」と言いながら頭を撫でてくれるし、本当にいいことをした気分になる。
もちろんグリムジョーがノイトラの手を「しっしっ」と振り払ったのだけど、慣れたものだ。
グリムジョーも負けじとモデル体型だが、まだ既製品が売っているからという理由で作らなかったことを拗ねているらしい。


私は焼鳥を頬張りつつ、ビールを飲んだ。
うますぎる。この絶妙な塩加減と鶏肉の柔らかさ。そして喉越しのいいビールの苦みと炭酸の爽快感。至福。まさに至福のひととき。

ノイトラは激辛カレー、テスラはバーニャカウダ、グリムジョーは焼きたてのステーキを食べ進めている。


「ノイトラの辛そうだね。真っ赤」
「ああ。これ全部ひとりで食えば飯代タダになるらしいぞ」
「え、マジ!? 取ってこようかな」
「やってみ。全然辛くねえぞ」
「いやいや、私、ノイトラの辛味を感じる味覚に関しては信用してないよ?」
「貴様、ノイトラ様を疑うのか!?」
「じゃあテスラ、試しに半分こしてみようよ」
「いいだろう、望み通り受けて立つ!」


ふん。と鼻を鳴らして悠然とカレーを取りに行ったテスラはちゃっかりスプーンを二つ持って戻ってきた。
最初に私がちょびっと一口食べる。


「うん。全然からくない。がっつり行っても平気だわー。いっぱい食べても全然大丈夫」
「だから言っただろう。ノイトラ様が間違うはずがないのだ」


テスラはスプーンに山盛りにカレーを掬い上げて、ぱくりと頬張った。
それを見届けた瞬間、私はビールをいっきに飲んで取り置いていたケーキをもごもごと口いっぱいに放り込む。
生クリームの味がしない、どういうことだ。
そうこうしているとテスラが咳き込み始める。


「うぼっほ! うげっほ、ごっほ!! おいアラシ騙したな!?」
「あー…からい…マジからい…びっくらこいた…」


テスラもピーチサワーを飲み干している。
顔には汗が噴出し始めていた。


「だからノイトラの味覚はおかしいんだって。激辛に対する強さが異常」
「なるほど強さか…確かにそれでは僕がノイトラ様に敵うはずもない…くっ、考えが浅はかだった…!」
「しかし勿体ないから全部食べなきゃねえ。サワーと交互に食べてればいけるかも」
「ふん、僕だって食べられるさ」


何やかんやと強がりながらどちらも食べていくと、やはり、どうしても最後の一口で止まってしまう。


「テスラ、どうぞ…」
「何を言う…アラシが食べたらどうだ…」


そして行き詰まった私達が救いの目を向けたのは、ひとり呑気にメニューを制覇しようとしているグリムジョーだった。
グリムジョーは私達の視線に気付くと、眉をひそめた。


「あ?」
「グリムジョー様、旦那様、夫様、イケメン様。残りの一口を食べてはいただけませぬか」
「き、貴様にくれてやってもいいんだぞ」
「あ? いらねえよ」
「そうだった…グリムジョーも辛いものは好きじゃないんだった…」
「ノイトラ様が最強というわけか…嬉しい…」
「テスラ、そろそろやばい領域だよ、その考え」
「俺が食ってやるよ」


既に激辛カレーを一皿食べ尽くしていたノイトラが、ちまちまと杏仁豆腐を食べながら言った。
ノイトラの図体に比べてデザートのお皿は小さく、大小のギャップが何だか和む。


「食べてくれるんですかノイトラさん!」
「ああ。その代わり――」
「何でもしますぜ!」
「一緒に寝ようぜ」
「何だそんなことならお安い御用…ん?」


ちょっと待て。
お安い御用どころかそれはタブーなのではないか?
と、考えが至るまでにノイトラの長い手が皿に残っていたカレーを拐って簡単に食べてしまう。
唇を舐める蛇のような舌を口内におさめると、したり顔で笑ってみせた。

だん、とテーブルを叩いて立ち上がったのはグリムジョー。


「今の条件は無効だ。無効にしろ」
「もう成立してっから」
「んだとテメエ」
「食ってやればよかったじゃねえかイケメンさん?」
「決めた、いま殺す」
「ストップ、ストップ! じゃあまた四人で怖い映画でも見ようよ! 夏のホラー特集! それで雑魚寝! 条件クリア!」
「アラシに手出したら、ただじゃおかねえからな」
「やってみろよ」


どかーん、ばりばりばり。
二人の睨み合いが始まった途端、急に空が光って雷鳴が轟いた。思いのほか近くに落雷したのか、耳をつんざくほどの轟音だった。
女性客の中には小さく悲鳴をあげる人もいて、楽しいビアガーデンの雰囲気が一変する。
すぐに豪雨が降ってきた。

まだ屋根があるので雨ざらしにはなっていないものの、スタッフが慌てて料理や客を誘導しているあたり、お開きになりそうだ。

とりあえず虚圏で飲み直そう。

そう提案しようと口を開きかけたとき、どすん、と衝撃があった。

見下ろせば首に腕がまとわりついている。
背中には人の気配があって、どうやら抱き締められているらしかった。

でも目の前でグリムジョーとノイトラは睨み合っているし、テスラもいる。

なら後ろにいるのは誰だ?


「…え、だ、だれ」


否が応でもなく、昨日見た怖い話の動画を思い出してしまう。

三人は私の異常事態に気付いて訝しげな目を向けてきた。そしてすぐ驚いたように目を見開く。それが私の恐怖心を煽るとも知らないで。

私はおそるおそる首だけで背後を見やった。

そこにいたのは――。



「会いたかった、姉さん」





真夏の怖い話
(日常は一瞬で変貌する)

次話へ続く
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