死神 | ナノ


其れがたる所以  


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掃除というのも、なかなか手間が掛かるものである。
宮の、その広大さもさることながら、ひとりで掃除機を掛けなきゃいけないのも意外と重労働で、最近は朝一番にクイックルワイパーと共に宮全体をお散歩するのが日課になっている。
掃除機だと充電が切れるんですよ、これが。広すぎて。コード付だとコンセントの入れ換えが激しくてやってられんし、そんな理由から、週に一度の掃除機の日以外はもっぱらクイックルワイパーをペットにしている。
すたこらさっさーと歩けば、埃が取れる優れもの。

しかしお風呂場だけは、サボり具合が見付けられない。


「四人しか入らないのに、この広さは何なんだ…!」


もはや現世の学校にあるプール並である。
お風呂の湯を抜くのにも30分近く時間が掛かるので、その間にシャワーや床を磨くことにした。

タンクトップ、ショートパンツという軽装にも関わらず、蒸し暑いのは湿気のせいに違いない。換気扇、仕事しろ。


「僕は右半分をやるから、アラシは残りをやってくれ」
「はいよー」


テスラと二人でブラシを掛け始める。
テスラのタンクトップ姿も、ズボンの裾を捲り上げているジャージ姿も、初めは新鮮だったけれど、もう見慣れた。

浴槽を挟んで反対側のテスラに話し掛けるには、少しばかり声を張る。


「いやー…本当にテスラがいてくれて助かる。グリムジョーとノイトラが関わりを持とうとしなかった時は、私がひとりでやってたからさー。私ら四人でひとつのお風呂を使うようになって、テスラと手分け出来るようになったから本当に楽になったわー。そういえばテスラはどうやってノイトラの宮をひとりで掃除してたの?」
「帰刃していたに決まっているだろう。廊下など一拭きだ」
「あー、なーる。便利だな…帰刃…」
「おい、壁と天井もやるぞ」
「届かんわ! 見てみろ天井を! 学校の体育館並の高さだぞ! この声の反響がわからんのか!」
「学校とやらも体育館とやらも何なのかは知らないが、僕が帰刃して磨いていくから、アラシがそのあとからお湯で流していってくれ。蛇口から湯を引けるようにホースを持ってきた」
「天才か!?」
「馬鹿なのか?」


そうして床とシャワーを磨き終わった私はホースを片手に、帰刃したテスラの頭の上に、ちょこんと座っている。
テスラは簡単に天井と壁をスポンジで擦り始めた。

するすると汚れが消えていく。案外、こまめに掃除すれば簡単に綺麗になるんだよなあ。


「ねえテスラ」
「なんだ」
「ごめん、蛇口捻るの忘れた」
「馬鹿なのか?」


ホースを持ってきたのはいいけれど、肝心の蛇口を開けてこなかったせいでお湯が出ない。

けれど帰刃状態のテスラが蛇口を捻ろうとすると、手指が大きすぎて失敗してしまう。
結局、一度、私が降りることにした。
テスラの大きな掌が迎えに来る。


「お手間を取らせまして」
「本当にな。ほら早く乗り移れ」
「ほーい。……どぅわっち!?」


湿気のせいだ。
テスラの角(つの)を掴んでいた手が滑って、真っ逆さまに落ちていく。
テスラが咄嗟に拾おうとしてくれるけど、体格差がありすぎてツルツルと滑って上手くいかない。

ふと急にテスラがいなくなった。

違う。元の姿に戻ったのだった。
床に叩き付けられるはずの私の体を、人型のテスラが抱き止める。
いつもの辛辣な口調とは違う、柔らかな、でも頼りがいのある強い力だった。

けれど衝撃が思ったよりもあったのか、テスラは尻餅をついて体勢を崩してしまった。


「ご、ごめん…」
「本当にな! まったく…怪我はないのか」
「ないです…テスラ兄さん…」
「何だその呼び方は。やめろ、むず痒い」


すると、テスラがはっとして目を見張った。


「ど――?」


どうしたんだと、問うには間に合わなかった。

気付いたときには私は床に寝転がっていて、テスラの体が目の前にあって、覆い被さられている。
その一瞬あとで、ホースがバシーン! と床に落ちてきた。

あ、庇ってくれたのか。


「…き、さま…僕に何か恨みでもあるのか…?」
「ないです、ないです。本当に偶然の極みといいますか、マジで不測の事態でして、私の企みとかじゃないですマジで」


テスラの汗の雫が、テスラの髪や、私があげたネックレスから滴って、きらめいてさえ見える。
どうやらテスラも何だかんだで焦ってくれていたみたいで、汗は冷たかった。


「まったく…心臓に悪い…」


ふう、と私の首元に項垂れたテスラが、一息ついて体勢を整えようとしたときだった。


「よお。手伝ってやろうか?」


がらり、とドアを開けて入ってきたグリムジョーとノイトラ。

まず二人と目が合ったのは私で、次に反応したのはテスラ。
けれど恐ろしくて顔はあげられないのか、テスラは項垂れたまま、震えた声で訊いてきた。


「…まさか、ノイトラ様もいらっしゃる、なんてことは…」
「…いらっしゃいます」
「…グリムジョーが影になってこの状況が見えていない、とか…」
「…残念ながら、がっつり目が合ってます。なう」


入口に立つ二人は束の間、時が止まっていたけれど、すぐに事態を呑み込んで眉を吊り上げた。

そのとき霊圧でも上昇したのか、殺気を感じたらしいテスラが私の上から飛び退いて、後ずさりをする。
つられて私もテスラと同様に二人と距離を取ってしまった。

背中に壁を感じると、隣で、やはりテスラも壁に背を張り付けて顔を青くしている。

十刃のお二人は大股でツカツカと歩み寄ってきて、私達を見下ろした。

その迫力よ。


「ぐ、グリムジョー…こ、これには深い理由が…」
「ほお…?」
「の、ノイトラ様…実は、あ、アクシデントが、ありまして…」
「へえ…?」


口許は笑っているのに目が全然笑っていない二人は、本当に本当に怖かった。

いつも仲が悪い二人が拳を振り上げたのは、奇しくも同時だった。


「「おめえら覚悟しろぉっ!!!」」
「「ぎゃああぁぁぁぁぁっ!!!」」





お掃除は危険がいっぱい!
(これからは四人でお掃除することに決まりました)
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