死神 | ナノ


其れがたる所以  


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今日もいつも通り。

ソファに寝転がるグリムジョーと、ソファを背もたれにして床に座る私。

そんな私の頭を、まるで肘置きのようにして使うのだからグリムジョーも人が悪い。

グリムジョーの固い肘がぐりぐりとつむじを押してくる。

これは完全に遊んでいる。間違いない。



「わー。背が縮むー」



「これ以上は縮まねえよ」



悪戯に笑う声が聞こえる。

こうして笑っているときはまるで少年のようなのに、ひとたび戦いとなれば豹のごとく悪鬼になるのだから凄い変わりようである。

すらりとした長身の自慢としか思えない言動に、けっ、と小さく反抗してみた。



「あ? 反抗期か」



「そんなものござーせん」



つっけんどんに応えてみた。

すると今度は仕返しとばかりに、はっ、と鼻で嗤われた。

くそう、グリムジョーは何をしても絵になるから腹が立つ。

前髪ひとつでさえ、計算し尽くされたそれかのように映えるのだから。

平凡に生まれた私はどうなる。

人生に平等なんてものはない。それを痛感させられる。

そうこうしていると、グリムジョーは体を起こしてソファに座り直した。

その長い足で私を挟み込んで、相も変わらず私の頭で頬杖をつく。

重い。

こてん、と首が白旗をあげそうになると「耐えろ」と無理難題を言ってくる。

文句を言いたいのを必死に堪えて、首を酷使することにした。



「暇だ。何かねえのか」



「知らんがな。私、グリムジョーの隣にしかいたことないもん。この宮のどこに何があるかも、いまいちわからないし。

外に出たら余計に不明。かくれんぼでもする? 私が隠れるから、グリムジョーが探すってことで」



「ガキか」



「ですよねー。2人でやっても面白くないしね。あ、ノイトラ誘ってみる?」



ぴくり、とグリムジョーの肘が反応した。

もう歪み合いはしていない筈なのだけれど、まだ名残があるのだろうか。

仲良くなるには時間が掛かるらしい。

以前は犬猿の仲ではあったけれど、藍染もいなくなって、戦いも一段落して、落ち着いたかと思っていたのに。

序列のせいなのだろうか。

それとも単に馬が合わないのか。

あるいは両方かもしれない。なんて思ってみる。



「ノイトラ、優しいよ?」



「てめえ、いつどこであの野郎と絡みやがったんだ」



「あれ? 言ってなかったっけ」



私はグリムジョーに経緯を話した。

虚圏での戦いが終わって、しばらくしてから、グリムジョーは再び戦いのために姿を消した。

オレンジ頭のあいつとどこかに行ってしまったのだ。
(恨んではないよ。多分ね)

私はその間、ずっとグリムジョーを待ってた。

来る日も来る日も、ただ楽しかった居場所が忘れられなくて、ひたすら焦がれる。

もちろん孤独に耐えかねて投げ出しそうになったときもあった。

けれど、ノイトラが傍にいてくれた。

私の苦痛を理解してくれたノイトラは、私がひとりで寂しくないように、ずっと支えてくれたのだ。

支えてくれたと言っても、他愛のない会話がほとんどだったけれど、それだけで良かった。

それだけで救われたし、立っていられた。

2人でグリムジョーを待ったあの月夜を忘れない。

本当に感謝している。

と思いの丈を全て話したのに、グリムジョーは、うんともすんとも返事をしてくれなかった。

まさか人の頭で寝てるんじゃないだろうなと疑問さえ湧いてくる。



「グリムジョー?」



返事なし。

こりゃ本格的に寝入ったか、完全なる無視ですね。

どちらの可能性が高いかと言われれば、無論、後者なのだけれど一縷の望みを抱きたい。



「おーい。グリムジョー。寝たのー?」



そろそろ首も疲れてきた。
寝てしまっているのなら、グリムジョーを横にさせてあげよう。

ついでに首を助けてやろうと、振り向こうとする。



「動くんじゃねえ」



けれど、阻止された。

語気荒く言われ、しぶしぶ元の位置に戻る。

首は痛いし、案の定、急にグリムジョーは不機嫌になるし、私の飼い主は本当に難しい。

膝を抱えて、顎を膝に置いた。

少し、楽になった。



「ねー、なに怒ってるん」



「てめえに聞け」



言われたことを忠実に守る、私以上のペットはいないと自負している。

まあ少し文句を言うときもあるし、怠惰なときもあるけれど、いつもはグリムジョーの言いつけをしっかり守る良い子の筈。

怒られる理由がわからなくて、ぽりぽりと頬を掻いた。



「てめえは馬鹿か」



「なんと」



「アホ。クソ。カス。このゲスが」



「わお。稀に見る罵倒。でも、私、めっちゃ良い子じゃん。長いことグリムジョーのこと待ってたし」



「それがよくねえ」



「なんですと」



「何であの野郎といやがんだ。浮気じゃねえか」



「……はい?」



言った。

グリムジョーは確かに言った。

浮気て。

あーた、浮気て。

耳を疑う余地もなく言った。



「ちょちょちょちょ、ちょーっと待って。浮気? 何で?」



「男がいねえ間に他の男といたんだろうが。立派な浮気じゃねえか。殺すぞクソッタレ」



「いやいやいや。そもそも私達、付き合ってんの?」



「は?」



今度はグリムジョーが停止する番だった。

やや間があってから急に、ぐわし、と顎を掴みあげられる。

無理な角度で引き上げられた顎はグリムジョーに向けられ、なおかつ般若のような目で睨み付けてくる。

首が、顎が外れる。

痛い。本当に痛い。



「いま何つった?」



「え、だから、私達って付き合ってるのかなーって…。

好きだって言われたこともないし、付き合おうって言ったことも言われたこともない、ですし」



「キスしたじゃねえか」



「それはそうなんだけど、ペットに対する愛情表現的なものかと」



「殺す。今すぐ殺してやる」



「待て待て!」



私は何とか逃れようとグリムジョーの手を取った。

そうでないと本気で殺しかねない、この人は。

むしろ虚閃さえ出しかねない。

もう宮を直す手立てもないのに、後先考えずに破壊することを厭わないのだ。

グリムジョーの手を掴みながら、ソファへ押し倒す。

グリムジョーの体がバランスを失って、それから距離を取ろうと立ち上がろうとしたとき、グリムジョーの手が私の両手首を掴んだ。

片手で握られてしまうのだから、グリムジョーの掌は予想外に大きい。思わず驚いてしまう。

けれど目の前にあるグリムジョーの瞳には、もう殺気はなかった。



「い、言ってよ」



「あ?」



「好きだって、付き合おうって、い、言ってよ」



ペットのペットによるペットのための渾身の反撃。

緊張のせいで声が上ずっているけれど、ご愛嬌ということで。

グリムジョーは少し考えてから、今度は私の髪を掴んで引き寄せた。



「好きだ付き合え」



予想外に、いとも簡単に言われ、ぼっと顔が熱くなった。

慌てふためいて、離れたいのに髪と手首がそれを許してくれない。



「んで、返事は」



「えと、あ、はい」



「はい、じゃねえよ。もっとあんだろ」



「…すき、です」



当たり前だと言われるかと思いきや、グリムジョーの顔が見たこともないくらい柔和になった。

感じたこともないくらい優しい仕草で私の頭を撫でる。

掌があたたかい。



「よくできました」



聴いたこともないくらい優しい声で、そう言う。





馬鹿にしやがって
(ペット卒業ってことでいいの、かな)
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