死神 | ナノ


其れがたる所以  


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この霊圧は。

微かにその霊圧を感じて、授業中にも関わらず危うく頬が緩んでしまいそうになった。
黒板の上に掛けられている壁時計を見ると、あと数分で授業が終わる。偶然にしては、あまりにもタイミングが良すぎる。霊圧の主である彼女は、この高校のことをよく知っているから、昼休みに入るちょうどそのときを狙ってきたのかもしれない。

ふと窓の外を見上げれば、ああ、やっぱり快晴か。
群青と水色の狭間の、澄んだ青空が広がっている。

あの子は本当に、空に縁があると思う。



授業が終わって、弁当と共に屋上に出ると、もう駄目だった。

目当ての人物がいて、僕の頬は白旗をあげて微笑んでしまった。
すぐに眼鏡の位置を整えるふりをして、仕切り直す。ごほんごほん。咳払いなんてしてみたり。

フェンスを掴んで校庭を見ていた彼女は、扉を開けたのが僕だとわかるとすぐに駆け寄ってきた。


「石田! 会いに来たぜい!」


えっへん。と、腰に手を当てて誇らしげに笑っている。
僕が以前、彼女にプレゼントした青空色のワンピースを着てくれていた。


「何しに来たんだい? 僕以外に見つかったらどうするつもりなんだ」
「ま、そんときは、そんときっしょ! この服のお礼がしたくて来ましたよん。じゃじゃーん! 何とテントまで設置してみましたぜい!」


満面の笑みで掌をひらひらとさせてテントを自慢するアラシさんは、それが突拍子もない行動だとは思っていないようだった。
そそくさとテントの入口を開けて、入るように促す。


「やれやれ」


中に入ると、太陽光が遮られて少し気温が下がった。
アラシさんは重箱を二つ、三つ取り出して、床に広げている。


「ご飯も作ってきましたよん。油淋鶏と、餃子と、焼きそばと、春巻きと――」
「…誰が食べるんだ?」
「え、石田と私しかいないじゃん。それとも黒崎とか呼ぶ?」
「そういう意味じゃなくて、だから、その、つまり、アラシさんが僕に手作りのお弁当を持ってきたと、そういう解釈で間違っていないのかな」
「そりゃそうでしょ。取り分けるとか女子力高い行為を求めてるんなら無理だで。直箸でいったれ、じかばし」


僕は自分の弁当を背中に隠して、差し出された割り箸を受け取った。
春巻きを食べる。
…美味しい。


「お、その反応は悪くないということですな。いぇーい」
「美味しいなんて言っていない」
「不味いとも言ってないくせに! んじゃ私は石田のお弁当たーべよっと」


すっと伸びてきた細い腕が浚ったのは、僕が隠したはずのお弁当だった。
躊躇なく蓋を開けている。


「ちょ、何するんだ」
「え、だって石田にはそっちがあるじゃん。勿体ないし、こっちは私が食べるよ。夜ご飯までには傷んじゃうだろうし」
「だ、だが、そのお弁当は…えっと…」
「あ、もしぞや石田の手作り? いぇーい。楽しみー」


そしていきなりメインのハンバーグを一口で頬張った。


「んまい! さすが石田、美味いねー」
「別に褒められることじゃない」
「ま、いいから食べなさいな」


一瞬で僕の弁当を空(から)にしたかと思うと、重箱に戻ってくる。
見掛けによらず大食漢なのだ、彼女は。「美味い、美味い」と言いながら箸を伸ばす彼女を見ていると、ふいに首の後ろに刻まれたバーコードが目に飛び込んで来た。

技術開発局のマユリに誘拐されたときに、つけられてしまったものだ。
井上さんの能力をもってしても消えなかったバーコード。僕は急に胸が重くなって、薄暗い気持ちになってしまった。


「アラシさん」
「んー?」


復讐を誓う。
そう言いたかった。

僕の師匠を虚仮(こけ)にしたマユリと、君を誘拐し、心にも体にも消えない傷を付けたマユリは同一人物であると、そう言いたかった。
滅却師の誇りに掛けて、必ず、殺してみせる。

――と、そう言いたかった。

でも言えば、君に止められる気がした。

そんなことはしなくていい。
気にしなくていい。それより餃子の包み方が上手いだろう。お惣菜みたいに綺麗だろう。練習したんだ。そんなことを言って、本当に屈託なく笑うに違いない。本当に、心から復讐なんてものは考えていないのだろう。

その笑顔が、さらに僕の覚悟を強くするとも知らないで。


「何でもない。あ、焼きそば、まだ食べてない…」
「ずるるるるー」
「…全部食べたな…」
「と、思うじゃん?」


差し出されたのは、焼きそばが入った、さらにもうひとつの重箱。
僕はもう笑いを堪えるのに必死で、箸を伸ばした。

本当に、君は優しすぎる。
憎らしいくらいに。

ふと誰かがテントを覗き込んできた。


「…何してんだ?」
「お、黒崎と茶渡じゃん。やっほー。二人も食べる?」
「食うけど…お前、絶対に他の奴らに見つかんなよ。こっちの世界じゃ人間として過ごしてたせいで、行方不明者扱いで学校だけじゃなく、警察もお前のこと探してんだからな」
「げ。てか茶渡くんが入ってくるとこのテント狭いな! デカいよ、きみ!」
「…む」





もし君が
(復讐を望むくらい怒りを持てる子だったなら、むしろ僕が“復讐なんか”と諭してあげられていたかもしれないのに)
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