死神 | ナノ


其れがたる所以  


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俺が駆け付けたときには、既にアラシは血塗れだった。



現世が雨であると知ると「会いに行く人がいる」と言ってアラシは足早に宮を出た。

以前、ひとりで現世に行った時に雨に濡れてしまって、とある人物からタオルを借りたのだという。そのタオルを雨の日に返す約束をしているからと言ってはいたものの、ひとたび現世への行き方を知るとこうして自由気ままに行き来してしまうのだから、夫としては少し寂しいという気持ちを隠して見送ったのがほんの一時間前だ。

だが異変に気付いて、駆け付けて、その姿を見て愕然とする。


「アラシ」


駆け寄ると、赤に染まったまま立ち尽くしているアラシは自身の掌で顔を撫で、その汚れを目の当たりにして瞳を揺らす。
汚れた掌を視界から隠すように頭から俺の上着を掛けて抱き締めてやれば、ぼそぼそと何かを呟き始めた。


「死神がいて見つかって追い掛けてきて必死に逃げて逃げて、追い詰められたと思ったら目の前でいきなり弾け飛んだの血がいっぱい出て、それから消えたの。私が殺したの? 私なにもしてないのに何がどうなったのかよくわからないどうして死神は死んだの、何もしてない何もしてないよ」
「わかった、わかってる」


アラシは出来損ないの破面。虚閃も打てなければ霊圧も感じない弱小の失敗作。

けれど真実は強大に過ぎる力をコントロール出来ない最恐最悪の破面であって、だからこそ暴走しないように藍染に鎖で繋がれていた過去がある。初めは失敗作だから監視されていたのだと思っていたが、つい先日、俺もアラシもその真実を知ったばかりだ。

そのせいでアラシは自分を恐れるようになった。

一度、暴走しかけ、その力が大きすぎて、またいつそうなるのかを考えて心底怯えている。表情にこそ出さないけれど限りなく臆病になっていた。


「お前は何もしてねえ。お前を守った奴がいるんだ」
「誰? 黒崎?」
「わからねえ」


嘘をついた。

死神と深い仲の黒崎がこんなことをする筈がない。例えアラシを庇おうとするにしても死神を傷付けるとは思えなかった。

それに、俺は先から感じている霊圧に覚えがあった。
距離は思いの外に近い。


アラシを見守っているのだ。


死神に殺されかけていたアラシを、死神を殺してまで助けたあの男はアラシが傷付いていないか、怪我していないかを遠巻きに見守っている。

首を巡らせれば、いた。

雨の中、ひっそりと電柱の傍らに傘も差さずに立っている眼鏡の男。右手には霊子で出来た弓がまだ携えられている。

俺達は目が合った。


男は暗い瞳を俺に向けてから、だがまたすぐにアラシを見る。

けれど俺はアラシには男が見えないようにぎゅっと抱き寄せた。
(俺の女である、と)

俺は男を見ながらアラシに囁いた。


「帰るぞ」
「私、大丈夫だよね、本当に何もしてないよね」
「ああ、してねえ」


男は細指で眼鏡の位置を直すと、弓を解いて踵を返した。
色も霞む雨の中に歩を進めて、姿を消していく。

アラシが霊圧を感じなくて良かった。感じてしまえばこの仕業が誰によるものかすぐにわかってしまう。わかってしまえば自分を責めるだろう。あの男が死神を殺めるという大罪を犯した事実を重く背負い込んでしまう筈だった。


「帰ろ。もう一人でここには来ないグリムジョーとずっと一緒にいる」
「まったく世話の掛かる嫁だな」


笑いながら言って、アラシを持ち上げるように抱きすくめた。首にまとわりつくアラシの腕が小さく震えているのは言及しないでやった。

視線の先にはもう男はいなくて、雨が降り注いでいるだけだ。

ほんの僅かでもこいつの心の隙間に俺以外が入り込むことは許さない。例えお前が禁忌を犯してまで命を護ってくれたのだとしても。

見えない男の背中に囁いて、俺も踵を返した。





狂気と知れぬ純情
(それはお前か俺か、どちらの心か)
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