死神 | ナノ


其れがたる所以  


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対峙した相手には見覚えがあった。
いや、その微量な霊圧を感じたときから記憶の片隅にあった女性を既に呼び起こしていたと思う。

もしやと足を向けてみれば、そこにいたのはやはりアラシさんだった。
ほんの僅かな間、クラスメイトとして過ごした顔見知り程度の仲であったけれど、僕は彼女が破面であることを知っていた。
隠しきれない禍々しい霊圧が何よりの答えだった。

ただ霊圧の大きさからして強くはないだろうし、どんなに強大な虚の出現にも見向きもせずに授業を受けているから害はないものと判断して黙っていた。

僕の隣の席にいた、人間のふりをする変わった破面の女の子。

今は制服ではなく白色の袴を着付けているせいで随分と雰囲気が変わった。

雨の中、傘もささずに歩いていた彼女は僕を見るなり立ち止まった。
目が合って、僕を窺っている。


「久しぶりだね」
「あれ? 見えるの?」
「僕は滅却師だから」
「あ、そうなんだ」
「グリムジョー・ジャガージャックはどこに行ったんだい?」


彼女を学校から連れ出したのは破面の第6十刃、グリムジョーだった。
だが首を巡らせてみても今はその姿はない。


「ちょっと喧嘩してね」
「それで君だけ現世に来たの?」
「そうそう。石田雨竜だっけ? よく覚えてたね、私のこと」


歩み寄って彼女に傘を半分差し出すと、彼女はにっこりと笑った。
ひとつの傘の下、近い距離で見つめ合う。


「覚えてるよ」


雨の音の中で、あわよくば聞こえなければいいとさえ思える程度の声で言ったのに彼女の耳には届いてしまったようだった。

嬉しそうに笑う君のその顔は学校では一度も見た記憶がない。
君はいつも一人で、いつも空を見上げていた。何かを待つように、あるいは探すように。

空に似たあの男の髪色を探すように。

人間とも破面とも違うその横顔が気になったのは何故だったか。
あまりにも儚く美しかったからか。とんと思い出せない。


「幸せそうで何よりだよ」
「そう見える? 石田は、何かつまらなそうだね」
「そう見える?」
「うん、見える。てか、いつも退屈そうだった」


言う彼女の頭から、鞄から取り出したタオルを掛けてやる。髪や顔を拭いてあげると、少しぼさぼさになった髪型に頬が緩んだ。

手指で鋤いて整えてやる。


「僕を見ててくれたんだね」
「そりゃ見るよ。ずっと隣の席だったじゃん。席替えしても何でかずっと私らセットだったし」
「そうだね」


小さな頭に手を置くと、不思議と体と心が時間を遡っていく。
彼女が隣にいた、あの頃に。随分と昔のことのように思える。


「ねえアラシさん。君に伝えたかったことがあるんだ」
「うん?」


言い掛けて、やめた。
開けた唇は何も言葉を紡げずに、さっと引き結ぶ。それからおもむろに首を振った。


「いや、辞めておく。そのタオルを返してくれるときにでも言うよ」
「わかった」


言うと彼女は僕の横をすり抜けて雨に消えていこうとした。
けれど数歩先で立ち止まって振り返る。


「石田は雨が似合うね」
「…君は雨が似合わない。青空がいいよ、きっと」
「そうだね。じゃあ雨の日に会いに行くよ」
「待ってる」


言葉を交わして今度こそアラシさんは消えた。

再び動き出した時間の流れと、傘を打つ雨足の音がやけに心に静けさを呼ぶ。

束の間、その場に佇んでから歩き出した。





殺さなかった理由
(いつだって君を殺せたはずなのに)
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