死神 | ナノ


其れがたる所以  


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 髪っていうのは心底鬱陶しい。
 風が吹いたら視界に入り込んでくるし、濡れたら乾かねえし、汚れるし、洗うときなんざ一苦労だ。現世でいう夏になると、熱は籠もるし、汗は吹き出すし、湿っている肌に張り付くしで、不愉快極まりない。
 だから俺は、不定期でアラシに髪を切ってもらっている。

「髪、切ってくれ」

 そう言いながらアラシがいる部屋を開けると、アラシは扇風機の前に張り付いていた。
 床に菓子袋が散乱しているのを見るに、どうやら暇を持て余していたらしい。俺の言葉を理解すると、用事ができたと嬉々とした笑顔を輝かせて立ち上がる。手をパンと叩いた。

「切る切る! 早速やろう!」

 かなり面倒な頼み事をされているというのに、いそいそとレジャーシートを持ってきたり、タオルやケープや霧吹きや何本かの鋏やら、とにかく準備しているさなかから鼻歌が聞こえてくるのだから、こいつも大概お人好しに違いない。
 俺が椅子に座ってしまうとアラシの手が俺の頭に届かないので、レジャーシートの上に胡座をかいた。
 ちょこまかと歩き回って、首周りにタオルとケープを巻きつけてくる。手慣れたものだ。

「今日は暑いですねぇ、お客さん」
「だな」

 髪に霧吹き。少しだけ涼しくなった気がした。

「気温36度になるらしいですよ。大変ですよねぇ、世界も風邪引いちゃったんですかねぇ。困ったもんだ。さて、今日はどんな髪型にしますかい?」
「いつもの」
「へい!」

 こいつは美容室を寿司屋とでも思ってるんだろうか。

「ところでお客さん」
「ん」
「ここだけの話、サロン専売トリートメントっつうもんを仕入れたんすよ。上質ですよ。最高級ですぜ。なんと純度99%!」

 なんの純度だ。
 耳打ちしてくる様は、いつかアラシと見たマフィア映画のチンピラそのものだった。

「今なら無料でお試しできますぜ! いやなに、これも常連さんへのご恩返しっつうかね。邪な気持ちなんかありはしませんぜ。微塵もね。サラッサラのトゥルットゥルッになるのは保証します。完全にぶっ飛びますよ……」

 こいつは美容室をなんだと思ってるんだろうか。

 と思いつつも、なんだかんだで髪をばさばさと切られ、ザエルアポロがアラシのために作ってやったシャンプー台に移動させられてそのまま洗髪。トリートメントっつうもんを塗りたくっているらしく、いつもより少し時間が掛かっている。強い匂いがした。

「いやぁ、いい髪してますねえ。これで5分ほどホットタオル巻いて待つんですけどね、なにかお飲み物でもいかがです? 紅茶、ソーダ、オレンジジュースなんでも取り揃えてますよ」
「ソーダ」
「お目が高い!! なんと強炭酸の甘さ控えめソーダを入手したばかりなんですよ。どうぞ、ジェントル」

 どうぞ、ジェントル、のところだけ声色を変えて、まるで忠誠を誓うみたいに胸に手を当てながら、さっとグラスを手渡してくるのはさながらバーテンダーというところか。心底楽しんでやがる。
 そうして再び髪を洗い終えるとドライヤーで乾かして、タオルやケープを剥ぎ取って終わり。
 ──の、はずが。

「ふあああああ。なんだこのサラサラトゥルトゥル髪ー、いい香りー」

 アラシがいっこうに俺から離れない。それどころか首に抱きついて髪に頬ずりしてくる始末だ。しかもその力の強さよ。人の頭にこれだけの力でぐりぐり頬を擦り寄せるなんて、どこを探してもアラシくらいのもんだ。俺の首はアラシの顔に押されて直角に曲がりつつある。髪はすっきりしたが、これではまだ暑苦しい。
 くんかー!
 と髪に鼻を埋めて匂いを嗅ぐのだから犬よりも犬だ。辞めろと言ってもどうせ辞めないだろうから、結局は好きにさせておく俺も俺なのだが。

「テスラ! ちょっと来て! ノイトラの髪がサラサラトゥルトゥル神フレーバー!!」

 スマホなるもので呼び付けたらしいテスラが、通話を終える前に爆速でやってきた。がっしりと俺に抱きついてアラシに倣う。
 ほんと、この二人は時々妙に連携を取る。似たもの同士とまではいかないが、精神年齢が同レベルなのかもしれない。胡座をかいたままの俺に、立ったまま抱きつく二人は右にアラシ。左にテスラ。
 くんかーーー!!
 そして、二人の声が揃う。

「ふああああああああ」



うざってえ!
(とか言って引き剥がさない)
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