死神 | ナノ


其れがたる所以  


↑old[ 名前変換 ]

※関連小説「癖になりそうだよ」


 * * *


どくどく。
花を咲かせるために水を注ぐ。
初めは如雨露(じょうろ)でシャワーのように降らせていたけれど、それでは足りなくてとうとうバケツから直接注ぐようにした。

どうしたんだろう。
いつもはすぐに土がお腹いっぱいになるというのに、水をあげてもあげても飲み干してしまう。
やはりこの砂漠で植物を育てるのは無謀なのか。


「おい、何やってんだ」


と、肩を掴まれて振り返る。
そこにはグリムジョーがいつも以上に眉間に皺を作って立っていた。
私は何とでもないように言った。


「お水あげてるんだよ。枯れちゃうでしょ」
「やりすぎだろ。根が見えてんじゃねえか」
「えっ」


視線を戻すと、土壌が流れて根っこが露出していた。


「あれっ。おかしいな…」


先までの土の渇きは幻だったのだろうか。
慌てて流れてしまった土を掻き集めて根を支える。ぽんぽんと形を整えて立ち上がると、グリムジョーは変わらずそこに立っていた。
いつもなら、菜園の手入れなど興味がなくてすぐにどこかに行ってしまうのに、今日はどうしたものか。雨でも降るのかと空を見上げても、代わり映えのしない色が続いている。

グリムジョーが片手で私の顎を鷲掴みにすると、鼻先が触れそうな距離でまじまじと観察してきた。
透き通った空色の瞳が左右上下にきょろきょろと動く。
親指でぐいっと唇を拭われた。


「どうした」
「なにが?」
「体調悪いだろ」
「え、そんなことは──」


ない気がする。
けど、確かに元気でもない気がしなくもない。
何だろう。
高校の授業で1500メートルを走らされたあとの気怠さというか、胸が悪いというか、お腹がぐるぐるするというか、呼吸が浅いというか。

喉が渇いたというか。

そこで、はっとした。
そうだ、ザエルアポロのところに行かないと。


「ザエルアポロに会ってくる!」


けれど、走り出した私の腕をグリムジョーがいとも簡単に捕らえてしまう。
足場の悪い場所でそんなことをされたら鍛えてもいない私が転んでしまうのは、まあ当然のことでありまして。
それでも反射神経のいいグリムジョーが、想定内だといわんばかりに傾いていく私を抱き寄せて、大きな手で頭を守ってくれて、私は何の痛みを感じることもなく砂漠に寝そべっていた。

代わり映えのしない空が爽やかな青空になる。
もちろんそれは私に覆い被さるグリムジョーの髪と瞳のおかげだ。


「グリム──」
「おかしいだろ」


グリムジョーの手に縫い付けられた腕が砂に埋もれていく。冷たい砂が余計にグリムジョーの体の熱さを思い知らせる。柔らかい砂が余計にグリムジョーの力強さを教えてくれる。

ああ、かなわない。

私はきっと何百年経っても、この人の全てを愛してしまった代償として負け続けるのだろう。
そしてその敗北を心から喜ぶ。


「お前の夫は誰だよ」
「グリムジョーだよ」
「お前が一番大切な奴は」
「グリムジョーだよ」
「お前が一番頼れる奴は」
「グリムジョーだよ」
「じゃあ何で俺じゃなくてザエルアポロのところに行こうとしやがる」


これは独占欲か支配欲か。嫉妬か。
どれでも構わないし、どれであろうとも私はこれを自分への愛だと感じてやっぱり歓喜するのだから、私は既に壊れ始めているのかもしれない。

私は支配されていないほうの手でグリムジョーの頬を撫でた。
少し砂でざらついていた。
すると、もう片方の腕も解放されて、グリムジョーの首に手を回す。

どちらともなく抱き寄せて、首元で囁き合った。


「俺だろ」
「うん」
「俺が一番なんだろ」
「そうだよ」
「なら俺に言えよ。全部」
「うん。わかってる」


ああ、違う。

これは甘えだ。

豹の甘えだ。


「少し気持ち悪い」
「ああ」
「お腹の中がぐるぐる感じがする」
「ああ」
「喉が渇いた」
「ああ」


私が打ち明けるごとにグリムジョーが返事をしてくれるから、首筋に息が掛かってくすぐったい。


「グリムジョー」
「なんだよ」
「グリムジョーの奥さんだって証拠、つけて」


一瞬の躊躇もなく、首に噛み付かれた。
心地よい痛みだった。

そしてその願いは、私の不安からくるものだったけれど、どうしても言えなかった。





枯渇し始めた身体
(負けないで、私)
(1/1)
[*前] | [次#]
list haco top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -