死神 | ナノ


其れがたる所以  


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※関連小説「癖になりそうだよ」



 * * *



私が部屋に戻ってくると、グリムジョーとノイトラが喧嘩していた。
どちらも殴り合った形跡があって、服も乱れて顔も腫れたり出血したりして、胸ぐらの掴み合いになっている。二人の罵声は獣の嘶きみたいに大きく、部屋を小刻みに振動させるほど迫力があった。びりびりと肌が痺れる。


「んん!? ど、どうした、どうした! テスラは!? テスラ!」


こいうときテスラが仲裁に入ってくれたりするのに、今は姿が見えない。むしろ座り込んでいたはずのウルキオラもいないし、室内はさっきよりも随分と荒れていた。

だから私が慌てて間に入った。
非力ながらも踏ん張って二人を引き剥がそうとするのに、全然離れてくれない。


「こ、の馬鹿力…!」


十刃の力の強さといったら。びくともしない。二人は今にも帰刃しそうな勢いだし、私の声も届いていない。
そこに、ザエルアポロが戻ってきた。
さっきの仕打ちを考えればあまり関わりたくなかったけれど、背に腹は代えられない。


「ザエルアポロ、手伝って!」


言うと、ザエルアポロは意外だとでも言いたげに目を見開いた。
けれど直後には「やれやれ」と鼻で笑いながら、私と同じようにグイッと二人を引き剥がしてくれる。そこでようやく、二人は距離を取ってくれた。
けれどまた取っ組み合おうとするので制止に入ろうとする。でもザエルアポロの腕に守られてしまった。

私じゃ吹き飛ばされるということか。確かに、それほど勢いがあった。

そんなことを思っていると、目尻を吊り上げたグリムジョーにぐわんっと腕を引かれてグリムジョーの背中に隠されてしまう。

ザエルアポロはさも可笑しそうに笑って、問うた。


「一体、どうしたんだ」


ノイトラが顎でグリムジョーを差す。


「こいつがウルキオラを殺そうとしやがるから止めてたところだ。っんとに、この馬鹿野郎が」


やはり予想していた通りの行動に出てしまったか。ノイトラがいて助かった。ということは、きっとテスラがウルキオラを別室に移しているのだろう。それなら安心だ。
ではまずグリムジョーに落ち着いてもらわなければ。


「グリムジョー、大丈夫だよ。怪我も治ったし。ほら見て。ないでしょ?」


言うと、グリムジョーは強めの力で私の髪を掻き上げた。右から、左から上から下からと観察して傷跡がないことを確かめる。
かと思うと、今度は私の胸ぐらを掴み上げた。
そして地を這うような低い声で、言った。


「ウルキオラを殺す」


私は踵はおろか爪先も地面につかず、ぷらぷらと床を求めて足を伸ばすしか出来なかった。
ノイトラとザエルアポロがグリムジョーに掴み掛かって私を離すように言ってくれているのに、グリムジョーはむしろ力を強めて私を吊り上げた。
ノイトラとザエルアポロは私がいるから下手に攻撃出来ないし、私は苦しくてグリムジョーの腕に掴まるしか出来ない。


「ま、待ってよ。ウルキオラ様は私を傷付けないって約束してくれたよ。ね、ザエルアポロ」
「そうだね」


ザエルアポロは頷いてくれた。
けれどグリムジョーの殺意は消えなかった。


「選べ。俺がウルキオラを殺すか。お前が虚圏を出るか」


愕然とした。


「…え? また私を捨てるの…?」
「違えよ。俺と一緒にここを去るっつってんだ」
「で、でも、そしたらノイトラは? テスラ、ザエルアポロは?」
「どうでもいい」
「ど、どうでもいいって…せっかく生き残った破面なのに──」
「お前は! 俺の女だろうが!」


俺だけがいればいいだろうと、グリムジョーは言った。
そして私に決断を迫った。


「選べよ、殺すか、去るか」


グリムジョーといたい。
けれど、皆とだって過ごしたい。ゲームして、映画見て、ご飯食べて、お酒飲んで、騒いで、眠って、寝癖のついた皆の顔を見て笑いたい。グリムジョーに毛布を掛けて、テスラとわいわい言いながら掃除して、ノイトラの洋服を作って、ザエルアポロの髪をとかしてあげたい。
それらを棄てなければならないなんて。
皆と、こんなに楽しく過ごしてきたのに。
せっかく、手に入れた仲間なのに。

どちらかを選べだなんて。

いつの間にか、私は泣いていた。
グリムジョーはさらに怒鳴った。絞り出すような憎々しげな声だった。


「お前はいつも面倒事を持ってくる。ノイトラのときも、市丸も、マユリもザエルアポロもウルキオラも、全部お前が蒔いた種だ! お前が連れてきた!」

その通りだ。

「ご、ごめ──」
「だから全部棄てろって言ってんだ!」


ごめんなさい。
そう言うと、グリムジョーの手に私の涙が垂れた。そして手の甲から腕へ伝っていく。

けれどグリムジョーも憤怒に顔を歪めながら泣いていて、私の涙に彼の涙が垂れ落ちて一緒になった。

あなたに付いていく。どこまでも。いつまでも。

その涙のようにどちらがどちらのものかなんてわからなくなるくらい、ずっと一緒にいる。
そう言おうと口を開けたとき、ノイトラが遮った。


「俺が守ってやりたかったんだって、そう言えばいいじゃねえか」


グリムジョーの腕がぴくりと反応した。


「ザエルアポロに守らせて情けねえ。本当は俺が守ってやりたかったんだ。怪我なんてさせて悪かった。そう素直に言えばいいじゃねえか。ひとりで悔しがって、馬鹿みてえに爆発して、アラシに八つ当たりしてんじゃねえよ」
「とにかくアラシを放したまえ」
「うるせえ…」
「あ?」
「見苦しいよ、グリムジョー」
「うるせえな、お前らに関係ねえだろ!」
「放せッ!!」


最後、ノイトラとザエルアポロの声が重なっていた。
それでもグリムジョーは小さく震えながら私を睨み付けていた。だけど次第に吊り上がっていた瞳が揺らいで、眉が下がって、悲しそうな顔へと変わっていく。
するとグリムジョーは涙を隠すように俯いて、私をゆるゆると下ろしてくれた。胸ぐらを掴んでいた手はそっと私の頭を撫でて、愛でるように頬を包んでくれる。

そうすると、グリムジョーの押し殺した嗚咽が聞こえてきて、ノイトラとザエルアポロは互いに目配せをして溜め息つきながら部屋を出て行ってくれた。
部屋の扉がパタンと閉まると、グリムジョーの声だけが聞こえる。

ぽつり、ぽつりと呟いた。


「わかってる…。お前は、自分が藍染にも市丸にも俺にも捨てられたから…捨てられたらどんな気持ちになるか知ってるから誰も捨てられないんだって、捨てたくないんだって、わかってる…」


グリムジョーは頭を掻きむしった。
彼も混乱しているに違いなかった。本当は違うことを伝えたいのに攻撃的な言葉でしか伝えられない自分の不器用さに辟易しているに違いなかった。
本当は誰よりも情に厚く、優しいのに、彼はその表現の仕方を知らない誤解されやすい人なのだ。
それでいて、繊細。

乱れ、顔に掛かった青空色の髪は意外にも長く、彼の眼差しを隠してしまう。髪と髪の隙間からグリムジョーの瞳が私を見てくれていて、私は頬を包んでくれている手に自分の手を重ねた。


「俺が守ってやりたかったんだ」


そう言ったグリムジョーの声は、今まで聞いたこともないくらい弱々しかった。


「いつもお前が怪我するたびに、次は絶対に守るって誓うのにいつも守ってやれない」
「そんなことない。いつも助けてもらってるよ」
「毎回、お前が怪我したあとだ」
「いいんだよ」
「俺が傍にいてやれば」
「いてくれてるよ」
「外に出なければよかった」
「いいんだよ。好きなときに外に出てくれて構わないし、むしろ、そうして欲しい。グリムジョーは私を手錠と足枷から助けてくれた。なのに、私がグリムジョーの鎖になりたくない。グリムジョーは今まで通りでいてくれていい。私がそのぶん、強くなるから。もちろん戦えるほど強くはなれないだろうから、逃げ足だけ早くなるように頑張る」


言うと、グリムジョーは泣きながら笑った。


「それ以上、逃げあし速くなってどうすんだよ」
「そしたらグリムジョーも心配しなくて済むでしょ?」


グリムジョーはもういつもみたいに不敵に笑っていた。
わしゃわしゃと私の髪を掻き乱すように撫でて、また撫でる。


「絶対に逃げろよ。俺が行くまで、絶対に逃げ切れ」
「わかった。頑張る」


両手でガッツポーズして見せると、グリムジョーが抱き締めてくれた。





壁に耳あり障子に目あり
(まさか扉の向こうでノイトラ、テスラ、ザエルアポロが、壁の向こうでウルキオラが会話を聞いているとは)

「やれやれ。人騒がせな夫婦だな。服が汚れてしまったよ。まったく。付き合ってられないよ、グリムジョーのあまのじゃくっぷりには。着替えてこよ」
「アラシの胸ぐら掴んだときはガチであの野郎ぶっ殺してやろうかと思ったわ。」
「ノイトラ様、いつでも加勢いたします。何なりと」



「…今のが、こころ…? よく、わからない」
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