死神 | ナノ


其れがたる所以  


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「…ん?」


何かが聞こえた気がして振り返るけれど、そこには何もない。
虚圏の砂漠と宮があるだけだ。
ノイトラとテスラが虚と戦っていないことも確かめたし、ザエルアポロはお風呂、グリムジョーはお昼寝をしているから誰もいるはずがないのだけれど。
そもそも人の気配を感じるのは苦手なんだった。
気のせいかと、たっぷり水の入った如雨露(じょうろ)をうんせと運ぶ。

そしてトマトと札の刺さった場所の前に立ち、たっぷりと水を掛けてやる。
家庭菜園を始めてみたのはいいものの、やはり砂漠というのは育ちにくいのかトマトは一向に芽を出してくれる気配がない。


「現世じゃないと駄目かなあ。黒崎か石田のバルコニーに置かせてもらうか…うーん。育てるって難しいんだなあ。おーい! 起きろー!」


声を掛けてみると──。


「はひっ!?」


背後に何かが当たる衝撃があった。
予想外に重い衝撃に耐えられず、膝をついてしまう。
トマトを植えた場所を守るために体を捻ったせいで、私は押し倒される形になってしまった。
そこにいたのは──。


「う、ウルキオラ、様!?」


私は思わず、血だらけのウルキオラ様を押し退けて後ずさってしまった。
というのも、ウルキオラ様は藍染に唯一、私の殺処分を進言した人だったからだ。
他の十刃は私に対してそんなに関心もなかったのに、ウルキオラ様だけはしきりに私を殺すように直訴していた。
だから、私の中でウルキオラ様は恐ろしくて怖くて畏怖の対象で、ウルキオラ『様』だった。
ウルキオラ様も私がウルキオラ『様』と呼ばないと罰を与えるとでもいいかねない顔をしていた。
無論、彼の名を呼ぶ機会など指折り数えるほどしかなかったけれども。


「う、ウルキオラ様…ど、どうして、こちらに…?」


ウルキオラ様は蹲ったまま動かず、大きく肩で息をしている。
乾いた砂の上にポタポタと赤い血が垂れていて、話せる状況ではないのだと思った。


「……み、水…」


ウルキオラ様が言った。
髪で顔も見えなかったけれど、きっと必死の形相に違いない。

でも──。

彼は、もう私を殺せと、考えてはいないのだろうか。
今ここで介抱してしまったら、私を殺そうとするのではないだろうか。
彼は十刃の中で人一倍、心がなかった。
ザエルアポロみたいに研究への探求心も、ノイトラのように戦死への執着も、グリムジョーのように高みを目指す向上心も、そのどれもがなかった。

彼は『無』だった。

いつも無表情で、いつも私を厭い、嫌い、一瞥したあとは生きている私が邪魔だとでもいうように溜め息さえついた。
そんな彼が、また戻ってきたら──。

このまま、見放してしまったほうが今まで通り皆と楽しく過ごせるのではないか?

けれど、表面上は同じ日常が続いたとしても私の心はいつまでもここに囚われたままだろう。
いつまでもウルキオラ様のこの苦しそうな体を見つめて、背を向けたこの瞬間を忘れられずに、二度と心から笑えなくなってしまうだろう。

それは嫌だ。
私は、笑っていたい。
せっかく手に入れた自由なのだ。いつまでも幸せに、気ままに、心から楽しんで死ぬまで過ごしたい。

それにウルキオラ様が私を殺そうとしても、きっと皆が護ってくれる。
護ってくれる。


「みず…」


再び呟かれた欲求に、私ははっとした。


「水…水! お待ち下さい! すぐにお持ちしますので!」


そうして走り去ろうとすると、服の裾を掴まれる。
見れば、ウルキオラ様は吐血していた。
指先が震え、ぷるぷるとした振動が私にも伝わってくる。


「行くな」


ウルキオラ様は咳き込んで、砂漠に血溜まりを作った。


「け、けど、ここには水がなくて…。すぐ! すぐそこに水道があるんです。30秒もあれば戻ってこられます」


けど放してはくれなかった。


「行くな…」


そう言い訳をしているうちにウルキオラ様は力尽きて気絶してしまった。
砂の上にぱったりと倒れたウルキオラ様を抱き上げようとすると、その重さに驚いた。ノイトラやザエルアポロ、グリムジョー達が高身長であるせいで、皆と比べて小柄なウルキオラ様の体なら持ち上げられるだろうと思ったのだが、希望は儚く散った。
ウルキオラ様は裾を放してくれそうもないし、けれど時間の猶予はなさそうだし、私はウルキオラ様を膝に乗せたままあわあわと慌ててしまった。
無意味に頭を撫でて、肩を揺さぶったりする。


「ウルキオラ様…! ウルキオラ様!」


どこから出血しているのか、私の服にもどんどん血が浸透してくる。
ウルキオラ様の肌の冷たさにぞっとして、思わず叫んでいた。


「グリムジョー!」


空に轟く私の悲鳴。
聞こえる。
あの人なら、絶対に私の声を聞いて駆け付けてくれる。


「グリムジョー、助け──」


言い終えるが早いか、砂埃が舞った。

目の前にグリムジョーが現れる。
まるで、大丈夫だ、安心しろとでも言うかのように片膝をついて、私の頬を温かい手で包んでくれている。
その温度を感じると、さっきまでの焦りが嘘のように鎮まっていくのだから本当に不思議だ。

安心しきって笑うと、グリムジョーの指が頬を撫でてくれる。怖い顔のくせして、その撫でかたはいつも柔らかくて優しい。


「来てくれると思った…。ありがとう」


言うと、「当たり前だ」と笑われた。





私の死を望む人
(ならば私は貴方に、何を望むのか)
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