死神 | ナノ


其れがたる所以  


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「アラシ、アラシ? どこに行ってしまったんだい?」


廊下にまで聞こえてきた声に、私は駆け足になって部屋へ戻った。
室内ではザエルアポロが不安げな表情で右往左往していて、でも私を見付けるとほっと胸を撫で下ろす。


「急にいなくなったら驚くじゃないか。やめてくれ」
「ごめん、ごめん。お手洗いに行ってたんだよ」
「そうか。それなら僕が同行出来ないのは仕方ないけれど、一言言ってくれないだろうか。僕は、その…」
「うん。わかってる。次からはちゃんと言うね」
「ありがとう」


ザエルアポロはやっぱり安心したように笑う。

ザエルアポロが超人薬に対して並々ならぬトラウマを持っているのは周知の事実だ。しかも薬の効果を薄れさせるのに一役かった私はザエルアポロから絶大な信頼を寄せられている。ノイトラが言っていた。
あれは『依存』に近いのだと。
私もそう思う。


夜、グリムジョーと同じベッドで眠っていると叫び声が聞こえる。今にも命を握り潰されてしまいそうな悲痛な叫びに、私はいつも飛び起きて部屋を出た。
隣室のソファで眠るザエルアポロが憎きマユリと超人薬の症状を思い出して、夢と現実の境が曖昧になってまた薬に溺れていると思い込んで絶叫するのだ。
そのときのザエルアポロの顔と声といったら、半狂乱になっているといっても過言じゃない。目を剥いて、髪を掻きむしって、叫び続ける唇の端からは涎が垂れていく。

「大丈夫。大丈夫だよ」

私は何度も諭す。
ここはもう薬の中じゃない。
マユリもいない。君は助かったのだと、手を握っては何度も諭す。
そして終いには、ザエルアポロは私を抱き締めたまま泣き疲れて寝てしまう。

ベッドに戻って、すやすやとしそうになると、またザエルアポロが悪夢に襲われて起きてしまう。
その繰り返し。

だから、私は疲れていたのだろうと思う。

ザエルアポロが邪魔なんじゃない。嫌いなんじゃない。むしろ仲間が増えて嬉しかったし、マユリに対する恐怖はザエルアポロと共有できる絆のひとつでもあるといえた。理解出来る。あの恐怖はどこまでも這いずり寄ってくるとわかっている。
ザエルアポロのせいじゃない。

ただ、疲れているだけ。

とにかく眠りたかったし、とにかく疲れていた。それだけ。
小さなことに苛々して、頭がぐらぐらと揺れる。
朝御飯を作っているときに包丁で切ってしまった指先の痛みが煩わしくて、無性に腹が立って。

何だったらもっと深く傷付けてやろうか。

そういう考えに飛躍した。
こんなちっぽけな傷に痛みを感じさせられるなんて癪だ。大きい怪我ならば猛烈な痛みにも納得がいくというのに、たかが、たかが1センチにも満たない軽傷ごときで。
たかが。
たかが。

切っていた玉葱の白に血が滴って、ピンク色が混ざっていく。
ムカつく。
何がムカつくのかよくわからないほどに、苛付く。

左手を見つめる。
人差し指に出来た傷と、流れていく血。
小さすぎる。これじゃあ、小さすぎるよ。

右手に握っていた包丁をゆっくりと振り上げているのに気付かないほどには、私は切羽詰まっていたらしかった。

まな板の上に置いた左手目掛けて包丁を突き刺そうとしたとき、ふと愛しい香りに包まれた。

私よりも大きく逞しい体は器用に私の右手を阻止しつつ、すっぽりと抱いてくれている。

我に返った。

この香りの主の名を呼べば、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。でも、呼ばずにはいられなかった。


「グ…グリム――」
「疲れたんだろ」


優しく強い力で包丁を奪い取られる。甘い声が耳に吹き掛けられた。


「疲れたんだよな。そうだろ」


うん。うん。と、頷いた。


「だから今のは叱らないでおいてやる。本当だったら、ぶん殴って謝らせてえところだが、見逃してやる。もう二度とやるんじゃねえぞ」


うん、うん。


「少し、寝ろ。お前は頑張りすぎる」


ずるずるとその場に崩れ落ちるのをグリムジョーは抱き留めてくれていて、私はいつの間にかグリムジョーの膝に乗っていた。
彼はいつになく優しかった。声も力も優しすぎた。
だから涙が溢れてしまった。
グリムジョーは私の瞼や頬にキスをして涙を舐め取って、抱き寄せてくれる。


「グリ…ごめ…」
「わかってる。疲れたな」


よしよしと頭を撫でてくれる。
普段はぶっきらぼうな彼がこういうときには必ず誰よりも先に気付いて駆け付けてくれることを愛だというのなら、私は贅沢なくらいに愛されていた。


「嫌いなんじゃない、うざくもないの、誰のせいでもないのに」
「わかってる。眠いだけだろ? わかってるから、目、閉じろ。寝ていい」
「うう…ごめん…」
「謝るところでも礼を言うところでもねえよ。夫婦ってのは、こういうもんなんだろ?」


ぶえー!
と、泣きながらたくさんの感謝を込めて「大好き」と伝えることが出来た。
あとは流砂に落ちていくように眠ってしまった。





バーカ
(まどろみの中で、照れ臭そうなあなたの声が聞こえました)
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