死神 | ナノ


其れがたる所以  


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「人混み嫌いのくせに現世に行こうだなんて、一体全体どうしたっていうんだ。虚圏に雨降っちゃうよ雨」



あたしは隣にいるグリムジョーに言いながら両手に持ったクレープを交互に頬張った。
左手にチョコバナナホイップと、右手にメープルなんちゃらだ。

横文字というものはやたらと長いくせに覚えづらいのだから厄介極まりない。
(グリムジョー・ジャガージャックでさえ相当に長い。ほぼリズムで覚えたわ)

クレープは、どちらかひとつを選ぶために販売ワゴンの前で困りあぐねいていると両方を勝手に注文して勝手に勘定をしてくれた。
そんな偉業をやってのけた当の本人は結局のところ何も食べていない。
しっかりと装いを新調したというに目付きの悪さは相変わらず。

いや、この眸がなければグリムジョーとは言えないか。
獲物を狙う豹のように細く鈍く光る目。それでいて気まぐれな猫のごとく笑みを携えていたりするのだから、不慣れな人には近寄りがたい外見に違いない。

とはいえ、男前であるのは間違いないので先程から道行くオナゴ達からの視線が痛い。
グリムジョーへは色気、私へは羨望。こんな人と歩いて羨ましいわーという感情が見え見えだ。

しかしですね、グリムジョーやらノイトラやらテスラやらオレンジ頭やらを見ていると全員の顔が整いすぎていて、もはや顔面レベル察知能力が麻痺しつつある。
(そんなにカッコいいか?)

と思ってしまうのが正直なところである。



「映画とか見てみたいなー。あ、水族館行ってみたいな。魚がいるんだってよ、魚。ペンギンとかアザラシっていうのもいるんだと。見たことないなあ」



日本で最大といわれる金属のツリーを見上げる。ツリーの真下にあるベンチに腰を掛けているのだけれど、てっぺんを見ようとすると首を痛めそうだった。



「あちー」



どうやらグリムジョーが不機嫌な理由はこのかんかん照りの太陽と気温にあるらしかった。
そもそもこやつは得てして神経質でもある。横柄に見えて人混みや気温や、よく眠れたかなどの些細な理由で機嫌を損ねる。いわば気紛れ野郎。
そこで用意周到な私はハンドバッグからごそごそと取り出して、日傘を差した。

外は黒地、中は青空が描かれている。



「ほれ、どうさね。褒めろぜひに」
「こんなのいつ手に入れたんだ」
「ノイトラに貰った」
「ぶっ壊す」
「待て待てい。私のだぞ。むしろこの暑さを乗り切る今だけでも使えばいいじゃんか。てか傘持っててくれよ。クレープが食べにくくてしゃあない」



じとりと恨めしそうに睨まれたけれど、こちらも負けじと対抗する。
しばらく睨み合って、グリムジョーが傘を引ったくることで万事解決した。
(よしよし)

メープルなんちゃらを食べつくし包装紙をくしゃりと握る。
アスファルトに照り返される陽光が眩しくて、無意識に目を細めた。


ここは本当に別世界なんだなあ。
こんなに美味しい食べ物がすぐ手に入って、死ぬほどの争いなんてほとんどなくて、他人にさして興味もなく交わることもなく日々を過ごしている。

日傘を差す男の傍らでクレープを貪っている私らなんぞ誰に声を掛けられようか。

ここに存在するのに誰も交わらない。

不可思議な世界だなあと思う。


チョコバナナホイップの最後の一口を頬張ったところでグリムジョーは前傾になった。
私の顔を覗き込んでくる。



「お? クリームついてる?」



食べ散らかすのは私の悪癖だ。
口許や鼻の頭を指で拭ってみるけれど、さして何かが付いている訳ではない。

ぞくりと悪寒が走った。

この男の、この目。

さも楽しそうに弧の字に細められたこの豹のような猫のような眸。
(まずい。こやつ、何か思い付きやがった)



途端に奪われる唇。



気付いたときには水色のグリムジョーの髪が頬を撫でていて、けどすぐに離れていく。

事態を察したときには、私は憤慨していた。



「人前で何してんだ!」
「だから隠したじゃねえか」



これ。と指差す日傘。
何とこの猫豹に玩具を与えたのは私だったか。
不覚、と思ってももう遅い。
返せと奪おうとしてもそのすらりと長い腕で阻まれる。



「くそ! 映画見に行こう。3Dっていうのがあるらしいからそれを体験しに行こう。サングラスみたいな眼鏡掛けるしかない」
「まあいいが。もっとタノシイところ連れていってやるよ」
「…いや結構です。グリムジョーがそういう目のとき大抵よくないことが起きる」
「あ? 女は男のエスコートに付いて来るもんだ」
「お断りします。ならペンギン見よ、ペンギン。あいつら陸上じゃぺちぺちのくせに水中で鳥みたいに泳ぐらしいよ。それが見たい」
「また今度な。あ、もしもし。部屋、スイート取っとけ」



どこから取り出したのかもわからない携帯電話に不吉なことを吹き込んでおる。

これはまずい逃げなければまずい。
非常にまずい。

脱兎のごとく逃げようとすれば容易く掴まえるその反射神経も筋肉質な腕も気に食わない。
(気に食わない。断じて気に食わない)



「行くか」
「嫌だ。絶対に嫌」
「大丈夫だ最後まではしねえから」
「何が!? 何の最後!? むしろどこが最後!?」



尚も日傘を差し続けるグリムジョーに俵のように担がれ強制連行されている私。
皆からの注目なんぞ集めたくもないのに数々の白い目が痛い。



「ノイトラ助けてえーー!」
「…気が変わった。最後までやる」
「何ですと!?」
「恋人の前で他の男の名前を出すお前が悪い」
「やめろぉ!!」





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