死神 | ナノ


其れがたる所以  


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「独りになんてさせない」


 * * *



僕の仕事が終わるまでアラシはずっと待っとった。
いきなり尸魂界にまで訪ねてきて、何をするでもなく暇やろうから茶屋にでも行っとき言うたのに、何故かどこにも行かんくて、作り笑いを浮かべながらずっと待っとった。

破面ながらも、絶対に手を出さへんという規定があるアラシを興味本位に見に来よる死神達がぎょうさんおっても、アラシはやっぱりヘラヘラ笑いながら相手にしとった。


「どうしたん?」
「あ、お疲れ。もうお仕事、終わった?」
「終わったで」
「どっか行きたい」
「うん? それは、ええけど」


僕の手を強引に引いて、街を歩くアラシの背中は心なしか、前に会ったときよりも小さくなった気がした。

通り過ぎていく死神達は皆、アラシを物珍しそうに見ていく。
ああ、羽織のひとつでも持って来たったら良かったなあと思うのも遅くて、目当ての茶屋に着いてしまった。


「ここのお汁粉がうまいねんて」
「あー、お汁粉なんて久しく食べてないなあ。食べよう!」


店内にはやっぱり死神が多くおって、破面のアラシを見ながらひそひそと話をしている。
居心地なんて良くないだろうに。
けど当の本人は気にするでもなく、お汁粉を二つ注文した。


「…何かあったん?」
「んー? 何にもないよ」


自分が浮かべている笑顔が、全然楽しくなさそうなの、気付いているんやろか。
とにもかくにも、事情を話したくないのはわかった。


「せやせや。今度また現世で仕事出来るようになったんよ」
「お! おめでとう! そりゃ元々は隊長だもんなあ。いくら下っ端からやり直しって言っても、すぐに出世しちゃうよね。普通の死神と力量差があるもんなあ。苦手なデスクワークも減りますな!」
「せやなあ。また虚を倒しに行くと思うと、新鮮でなあ」
「そうだよね。虚圏にいたときもさ――」
「おい見ろよ。敵と裏切り者の組み合わせだぞ」


僕らの会話を遮るように、どこかの死神がわざとらしく大きな声で言った。
そりゃアラシは破面やし、僕は裏切り者やったけど、そんな陰口叩かれてもなあ。改心という言葉を知らんのやろか。それとも無意味なんやろか。

アラシは、聞こえていただろうに何も反論せず、運ばれてきたお汁粉を啜る。


「うん、美味しい!」
「せやろ」
「さっさと失せろよ」


また非難の声。
どこのグループが言ったのかはわかる。店内にはくすくすと笑い声が聞こえているし、反面、悪びれる死神もいる。けど仲裁に入ろうとするものは一人もおらんかった。


「…僕の部屋、見たことなかったやろ。見る?」
「いいの? 見る!」


僕らはお汁粉を残して、部屋に向かった。
和室と手洗い、台所だけの質素な自室に戻ると、アラシはそれでも楽しそうに部屋を見回した。


「結構、狭いねー」
「隊長やったら、もっと広いねんけどな。僕はペーペーやから」
「…もしかして、私、ギンにひどいことした?」


急にこの子は何を言い出すんやろ。
そないな事はなかったと言いたいのに、アラシの顔を見ると何も言葉が出て来なくなってしもうて、胸が詰まる。


「…え? なに、えっと、どないしたん」
「ギン、あんな風に悪口言われてるの? 私が死神に戻ろうなんて言ったから、だから、これからもずっと耐えなきゃならないの?」
「ああ、何や」


そないなことか。
と、笑うとアラシは顔をくしゃっと歪めて背を向けた。


「アラシ」


呼んでも、振り返ってくれへん。
そんな小さな身体を抱き締めると、どうしてか小刻みに震え始める。
止めてやろう、止めてやろうと力を強めるとアラシは溜め込んでいたらしい涙を溢れさせた。


「ごめん。ごめんねえ」


ああ、この子。
何か辛いことがあったんやろうな。
もしかしたらグリムジョーと喧嘩したとか。そんで、その辛さの上に僕のことがさらに重なって、いつもならば強くて耐えられるはずの悲しみに耐えられなくなってしもうた。


「なに言うとるん。アラシは、なーんも悪くないで」
「ごめん」
「平気、平気。ええ子やから、僕のせいで泣かんといて。他のことやったらいくらでも泣いてええけど、僕のことはあかん。たくさん泣かせてもうたから、もうあかん」
「うん…」
「ほら、おいでや。ちょっと休んで行き」


抵抗がなくなったのを見計らって身体をくるっと反転させて僕の方に向ける。流れっぱなしの涙を拭いて、抱き上げた。
部屋の隅に腰を下ろして、膝の上にアラシを乗せる。アラシの頭をぐっと僕の肩に押し付けたると、アラシはまだ声を押し殺して泣いた。

ごめん、ごめん。そう呟き続けるこの子に、僕はどうやって伝えてあげたらええんやろう。
何も気にせんでええよ、と。
他人の言葉なんて、何も気にしてへんよ、と。
君が一緒に謝ってくれたからこそ、僕は仕事を続けられて、数少ない仲間も取り戻したんや、と。

僕の肩が君の涙で染まって冷たくなるたびに、僕は優しくなれるんや、と。


「アラシ、またここに来てくれるか? 一緒に漫画でも読もうや」


うん、読む。
気弱にそう言った君を、相変わらず、ぐっちゃぐちゃに壊したくなるほど愛しいと思った。





慰め
(このまま、君が眠ってくれたら良かったのに)
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