ばりぼりと音を立てながらスナック菓子を貪るアラシ。
壁に立て掛けてある大鎌を興味津々に見回しながら「ふーん」とか「へー」だとか、感想にもなりえない感想を呟いている。
歩きながら食べているものだから、足下に食べカスが落ちている。
今日のところは見逃してやろう。
「これ重いの?」
「お前が持つにはな」
また「ほー」と呟いた。
「いやー、しかし助かったよー。あのまま迷子になるかと思った」
「完璧に迷子だっただろうが」
「グリムジョーにくっついて歩き回ったことしかないからさー、全然ここのこと知らんのよね」
「その御主人サマはどこ行きやがった」
「運動だって。うんどー」
あいつのことだ。
どこかに喧嘩を吹っ掛けにでも行ったのだろう。
アラシはグリムジョーの傍にいつもいる。
そのグリムジョーがいなくなって暇を持て余し、虚圏をうろついていたらしい。
アラシの単独での霊圧を感じて、妙だな、と思って話し掛けに行ったら帰り道がわからないと泣きつかれた。
とりあえず俺の宮に呼んで、地下に保管されている非常食の菓子を与えてやったら機嫌が直ったので良しとしよう。
グリムジョーの宮の地下保管庫にも、菓子が山のようにあるはずだと教えてやると、目を輝かせたあたり食欲は旺盛らしい。
初めは警戒していたテスラも、アラシのこの無垢な姿をまざまざと見せ付けられて、拍子抜けしている。
藍染に作られたアラシは、弱すぎる失敗作だと言われていたにも関わらず、拘束されていたことから敬遠されていた過去がある。
その理由を知る者は数少ない。
おそらく、グリムジョー本人も知らない筈だ。
教えてやってもいいが、そんな義理もねえから放っておく。
そもそも、藍染もいなくなった今、そんなことを教えてもアラシが混乱するだけだ。
「テスラは動物になれるんでしょ?」
「ど!? 貴様、無礼だぞ!」
「えー、じゃあ何ていうの」
「あれは帰刃といって――」
説明しかけ、あからさまにアラシの顔が退屈そうに歪んだのでテスラは諦めた。
そんなことも知らない失敗作のアラシに、呆れているらしい。
可哀想な奴だと思った。
何故、自分が失敗作だと言われているのかもわからずに、無能な奴だと信じきっている。
「動物になってよ。触りたい」
「さわ…!?」
「私、動物は見たことあるけど触ったことないし」
助けを求めるように俺を見てくるテスラに「やってやれ」と添えてやると、脱力したように解号を唱えた。
テスラの姿が屈強なそれに変わると、アラシの目がきらめく。
「すご! テスラすご! 触らして!」
テスラの大きな足にまとわりつくアラシを、テスラは仕方なしに抱き上げてやった。
鼻やら肩やらを触らせてやり、アラシはテスラの眉間あたりを撫でてやる。
何だか見ていられなくなって、俺はソファから立ち上がった。
「もういいだろうが。来い」
言って、手を広げるとアラシは器用に俺の胸に飛び込んできた。
驚いた顔を見せたのはテスラだった。
情を掛けることも掛けられることも厭うこの俺が、アラシを抱き止めた。
それがどれほど奇異な行動であるか、テスラならわかるはずだった。
そっと床にアラシを下ろしてやるのと同時に、テスラも元の姿に戻る。
その目は俺を凝視していた。
俺は目を逸らした。
どうやらそれが、テスラにとっての答えになってしまったようだった。
「ん!? …べとべとする」
「あ、ごめん。ポテチ食べた手だった」
ぎゃーすかとテスラとアラシが口論を始める中で、俺は目を閉じた。
終わりが近付いている。
アラシとの、ほんの僅かなこの時間が終わろうとしている。
次はいつ会えるかもわからない。
そして柄にもなく会うたびに考えてしまう。
もう2度と戻らないと言って欲しい。
また会えるかもしれない。
またこの腕でアラシを支えてやれるかもしれない。
そんな期待をしてしまうくらいなら、どん底まで絶望に沈めて欲しかった。
いつ願いが叶うかも、叶わないかもわからないのに期待をさせるなんて非情な奴だ。
「ノイトラ様…」
嘲笑しながらアラシを見ていると、テスラの呟きが俺を我に返した。
どうにもこいつは俺のために捨て身になりすぎる。
辞めろと怒鳴り付けても治らないのだから、厄介だ。
俺はアラシに目を向けた。
「迎えが来た」
俺が言うと、霊圧を感じとることが出来ないアラシは目をぱちくりとした。
言葉の意味を理解するのに時間が掛かったようだった。
理解できると「ああ!」と手を叩いた。
「霊圧って便利ー。グリムジョーが来たの?」
「ああ。外にいる。連れてってやるから乗れ」
膝を曲げて、肩を差し出してやるとアラシは渋った。
「えー、申し訳ないよ」
「迷子にならねえで行けんのか」
「よろしくお願いしまーす」
アラシを肩に乗せて立ち上がる。
何も言わないでも付いてくるテスラからの視線が痛い。
肩に乗ったアラシは、スナック菓子を片手に抱いたままだ。
この儚い体をまた抱き上げられる日は一体いつになるだろうか。
またこの笑い声を聞ける日は来るのだろうか。
なるべくゆっくりと歩いて、なるべく時間を稼ぐ。
(さよならまでの時間がなるべく遅く来るように)
天井に手が付きそうだと、はしゃぐアラシに笑いながら応えてやるこの時間が、愛しい代わりに辛くて、鼻が痛んだ。
外に出ると、あきらかに不機嫌そうなグリムジョーが、肩に乗るアラシを見付けてさらに険しくなる。
少し距離を取ったところでアラシをおろしてやると、笑顔で俺に向き直った。
「ありがと。楽しかったよ」
俺からしてみれば、随分と背の小さいアラシに合わせて膝を曲げる。
口の周りついている食べカスを親指で撫でて取ってやると、気付いたように慌ててアラシは自分の袖で口を拭った。
俺は親指についた菓子を舐めとる。
「また暇になったら外に出ろ。迎えに行ってやる」
「わかった! ありがとう」
小さく手を振りながらグリムジョーのもとへ走っていくアラシを、このまま拐ってしまおうかとも思う。
無論、あの野郎と戦う羽目になるだろうがそれでも構わないような気がしてた。
負ければ死ねる。
(もう期待しなくて済む)
勝てばアラシを傍に置いておける。
(いっそ繋いでしまおうか)
そんな考えに首を振ってグリムジョーを見ると、案の定、睨みをきかせていた。
アラシの手から菓子袋を奪い取って、おんぶしてやるところを見るとあいつもなかなか毒されているらしい。
2人の背中が見えなくなるまで見送ってしまう俺も、大概ではあるが。
「ノイトラ様」
「何も言うな」
君は悪に似ている
(上げては、また突き落とされる)
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