死神 | ナノ


其れがたる所以  


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爪を剥がされたあと、間髪いれずにマユリはメスを携えた。
そして、左脇腹の皮膚に刃を入れていく。
私としては、とてつもなく大きく切られた気がしていた。いつまでもいつまでも刃が皮膚を切り続けているような気がしていた。

けれど持ち換えたピンセットで剥ぎ取られた皮膚は豆腐一丁くらいの大きさしかなかった。
赤黒い血に汚れた皮はぺらぺらと揺れながら、やはりガラストレーに入れられる。


「痛いだろうに、叫ばないなんて予想外だヨ」
「もういいでしょ? 髪もあげた、爪も、皮膚もあげたんだから、それで充分研究出来るでしょ?」
「馬鹿にしているのかネ? サンプルは根こそぎ取らなければ意味がないのだヨ。ああ、その前にバーコードを焼いておこうかナ。おいネム!」


呼ばれたのは、若い女の子だった。
手には四角い印鑑を持っている。赤く、燃えたぎる金属の印鑑だ。


「六回だヨ。六回、我慢すれば終わりだからネ。両腕、足首、首の後ろ、腰。バーコードは六つで足りるからネ」
「な、何でそんなに何個も…」
「馬鹿なのかネ? 切り離したときに他の検体と混ざらないように、整理する必要があるからじゃないかネ」


目の前が真っ暗になった。
逃げたい、怖い。でもその手段がない。

誰か助けて欲しい。

腕に印鑑が押し当てられた。
炎のように熱かった。



 * * *



石田のところにも、黒崎のところにもアラシはいなかった。
となると、いよいよ安否が怪しくなってくる。

アラシはどこに行った?


「まさか虚に…?」


黒崎の呟きは、その場に集まった全員が想定していた。
だが石田が否定した。


「あり得ない。待ち合わせをしていたのなら、この近くに降り立ったはずだし、この近くで虚が出現したら僕がわかる。ましてやアラシさんを襲ったのだとしたら、僕がわかる。そんな気配はなかった」
「でも、わかんねえじゃねえか」
「黒崎、お前と一緒にするな! 僕ならわかる。アラシさんが襲われたら、僕なら絶対にわかる!」


石田の迫力に黒崎は押し黙った。石田のそれは、自分に言い聞かせているようでもあった。確かに気配はなかったはずだと、見落とすはずがないと言い聞かせているのだ。

けれど、もしかして、見落としたかもしれない。だからアラシがいないのかもしれない。
どんどんと自信がなくなっていく。

黒崎が話題の先を変え、ギンに訊ねた。


「死神に捕まったとかじゃねえのか?」
「アラシを殺さんように規定が出来とる。害もないのに、殺すのも捕まえるのもないやろ」
「新人が間違って捕まえちまったとかよ。とりあえず尸魂界に行こうぜ」
「…せやね」


ギンがくるりと踵を返すのを追う傍らで、いつになく口数の少ないグリムジョーに黒崎が向き直る。
グリムジョーは俯いていて、黒崎が立ち止まっていることにあと一歩の距離に近付くまで気が付かなかった。
ふと、二人の視線がかち合う。


「大丈夫だって。あいつのことだし、どっかで飯食ってるのかもしんねえし」


苦し紛れの慰めだとわかっていたけれど、黒崎は言わずにはいられなかった。


「うるせえな」


グリムジョーにも、何かを返してやる余裕はなかった。
ひたすら胸のざわめきが強くなっているように感じた。



 * * *



「さて、バーコードは終了だネ。あとは骨を貰おう」
「骨…? ちょっと待って、そんなことしたら、私、死んじゃうって」
「死なないヨ」
「だって骨って!」
「あるじゃないかネ。人体の中で、唯一、骨が露出している箇所が」
「…そんなの、どこに…」


マユリは新しいペンチを持って、私の顔のほうへと近付いてきた。
そして顎を鷲掴みにする。


「…ま、まさか…」
「そう、歯だヨ。見た目に配慮して奥歯を抜いてあげるからネ。下顎の右奥、最も歯根が太く、最も神経に近く、最も痛みを感じる、奥歯をネ」


マユリの笑顔にぞっとした。
いくら力を込めて口を閉じようとしても、ぴくりとも動かない。両手足をばたつかせたくとも、ぴくりとも動かない。


「待って、やめて」
「さあ、骨が軋む瞬間だヨ」


ミシミシ、という音が顎から奏でられた。

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