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サボが怪我をしたという情報が入ってきたのは、島に着く少し前だった。

今となっては革命軍がどこにいるのかもわからないし、どんな経緯で、どれほどの傷を負い、どうなったのかを知るよしはない。風の噂で流れ着いた悪いニュースは、ルフィを暗くさせた。

すぐあとには「サボなら大丈夫だ」と笑っていたけれど、半分本気、半分、まだ心配といった微妙な顔だった。

それから島に着いて、皆は散り散りになって散策を始めた。
大きな街があって、人がごった返している。

私はサボを思い出していた。

彼との出会いはルフィ繋がりだったけれど、まともに会話をしたのはサボと海軍の戦いに加勢したときだ。
それからは手漕ぎボートでサニー号まで来たりと無茶をしてくれたおかげで会えたのが一度。
つまり会話は二度だけだ。

でも、サボはいい奴だ。

不眠症の私が眠れるまで、ずっと抱き締めていてくれたこともある。
サボ、大丈夫だろうか。
怪我をしたという情報だけで、死んだという情報が入ってこないのは、つまりそういうことなのだろうけど気に掛かる。


「ん?」


ふと、人混みのなかで金髪が見えた気がした。
目を向ければ、やはり輝く金髪がある。
背を向けて、歩いているところだ。

私は人混みを掻き分けていた。
肩と肩がぶつかって、他人が持っていたらしいアイスが胸元にべったりとくっついても「すみません」の一言を見向きもせず言い放って、とにかく金髪を追った。

黒の服を来た金髪にやっとの思いで追い付く。

そして肩を掴んだ――。


「サボ!」
「え…?」


違った。

振り返ってくれたのはサボではなく、サンジだった。

目を丸くして、私を見下ろしている。

私達は人が行き交う雑踏の中で立ち止まり、数秒、時が止まっていた。

先に我に返ったのは私だった。

サンジの肩を思い切り掴んでいた手を放し、いつも通り体の横にぶらりと垂れ下げる。
うまい言い訳は苦手だ。


「あ…ご、ごめん…間違えた…」


金髪なんて、最も身近にいるのがサンジだ。しかも仲間でついさっき同じ船で島に着いたのだから、金髪イコール、サンジの方程式が出てくるのが当たり前のはず。

けれどサボのことを考えていたからか、私はあっさりと誤答した。

サンジはじっと、私を見つめている。


「ちょっとあんた! アイスどうしてくれんのよ!」


すると、さっきぶつかったらしい女の人が私に詰め寄ってきた。
太っている中年の女の人だ。


「…すみません」
「まだ買ったばかりだったんだから! 弁償して!」
「…はい。いくらですか?」
「500ベリーだけど、もう一度買う手間賃として1000ベリーちょうだい」
「わかりました」


そしてポケットから小銭入れを出して、お金を出そうとする。
――のに、指が震えて上手く小銭が取れない。そもそも財布の口を開けられない。
カチカチと情けない音を出すばかりで、いっこうに金を出せない私を怒鳴ろうとした女の人の前に紙幣が差し出された。

サンジだ。

いつの間に取り出したのか、サンジは微笑んでいる。


「代わりに出します。これでいいですか?」
「え? え、ええ。構わないけど」
「ありがとうございます」
「…ふん! 何をあんなに慌てて走ってたんだか!」


女は捨て台詞を置いて、また人波に紛れていった。
しばしの沈黙が続く。
周りは雑音だらけなのに、私の耳にはほとんど入ってこなかった。


「お金、ごめん。いま出すから、ちょっと待っててくれる?」
「いいんだ。気にしないで。…アイス、拭かなきゃ」


そう言いながら良質なハンカチを出そうとしたので、慌てて退いた。


「いいの、いいの。勿体ないよ。それに、もう船に戻るから洗っちゃうよ。本当にごめん」
「…アラシちゃん、今、どこ見てる?」
「…え?」


瞳を戻した先にはサンジがいる。
戻した先に、ということは、私は会話をしているサンジを見ていなかったということだ。

無意識に金髪を探していた。
そう、サボを。

その沈黙が答えになってしまっていて、気付いたサンジに腕を掴まれた。
ずんずんと裏道に入ったかと思うと、建物と建物の細い隙間に押し込まれる。
手首を掴まれ、そのまま壁に縫い付けられてしまった。

裏路地のせいで昼間だというのに薄暗い。
サンジの顔にも影が出来ていて、憂いを帯びた表情になっていた。


「…どういう関係…?」
「え」
「アラシちゃんと、どういう関係なの?」
「何でもないよ」
「あのアラシちゃんがなりふりかまわず走り出して、人にぶつかっても気にしないで、俺と間違えるくらい冷静さがなくなるほど、大事な人なんだろう?」
「それは…。間違えたのは本当にごめん。失礼だったよね。サボのこと考えてたら、勝手に頭が金髪をサボだと思い込んじゃったみたいで」
「俺、知ってるんだよ。アラシちゃんが二人であの男と抱き合って寝てたの」


見られていたということか。
サンジの、私の手首を掴む指の力が強まった。
爪が食い込んで痛む。
ぎしり、と骨が軋んだ気がした。


「恋人?」
「違う、そうじゃない」
「絶対に違う?」
「絶対に違う」
「じゃあ、好きなの?」
「…恋愛としては好きじゃない。けど人としては好きだよ」
「…男として、見てない?」
「見てない」
「約束出来る?」
「出来る」
「よかった」


そう呟くと、サンジは項垂れて、ふう、と大きく息を吐いた。


「だから、もう手を放し――」
「本当に良かった。恋人だって言われてたら、最後までしちゃうところだった」


そう言って、サンジは私の唇を塞いだ。






嫉妬の味
(キスしてくれなきゃ、おさまらない)

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