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眠れない日が続くと、どうしても苛ついてしまう。

女部屋で、物音を立てないようにベッドで夜を明かすのは何日目になるだろうか。見飽きた天井におさらばして甲板に出ると、朝露で床が濡れていた。
白い霧に包まれてはいるものの太陽は顔を出し始めたらしく、明るくなりつつある。

釣りでもして待つか。

と、思っていると見張り役だったゾロが展望室から降りてきた。


「敵でも見つけた?」
「いや、島が見えた。ルフィ起こしてくるから、ナミを頼む」
「おっけ」


そうして私達はそれぞれの部屋に入った。



 * * *



島に着くと、各々の目的のために解散した。
拳銃使いの私はというと、毎度のことながら弾薬の調達をするために武器屋に向かう。

商店街を歩き、weaponと記された看板を見つけると、自然と歩が早まった。


「隊長!」


はっとした。

私はかつて海軍において、ある隊の隊長を任されていた過去がある。
聞き慣れたその階級で呼ばれ、驚いて振り返った。自然と手は腰のホルスターにあるハンドガンを掴んで、セーフティを外している。

振り返った先には、何人かの子供達がいた。


「隊長、異常なし!」
「よし、じゃあ次は裏山に遊びに行こうぜ!」


どうやらリーダー格の子供を隊長と呼んで、ふざけて遊んでいるだけのようだった。

そうとわかると安堵して、どっと粘っこい息を吐いた。

海軍を裏切ったせいで追っ手を警戒し続けている。それが原因で不眠になっているのだろうともわかるのに、体がまるで自分のものではないかのように緊張を解いてくれない。

少し、ゆとりを持たなければいけないな、と思いつつ踵を返した。


「うわ、ピストルだ! 貸して、触らせて、撃たせてー!」


子供達が私の持つハンドガンに気付いて駆け寄ってきた。
子供は苦手だ。そんな私が子供に囲まれてしまったから、足の踏み場がないとばかりに、おろおろとしてしまう。


「貸して!」
「い、いや、これは、その…」
「貸せよケチ!」


そうしてリーダー格の子が私の右手からハンドガンを奪った。


「かっこいいーー! これ欲しい! ちょうだい!」


子供の指が引き金に触れる。
そして思い出した。

そういえばさっき、セーフティを――。


「返せ!」


私の怒声と銃声は、ほぼ同時だった。

がうううん――。

青空に木霊する銃声は、静かに消えていく。

子供達は戦慄いていた。
それは私の頭から血が流れているからで、撃った本人は尻餅をついて口をぱくつかせている。

擦っただけだ。
僅かに右側頭部を。

私が銃身を掴んで弾道を逸らしたおかげで、弾は宙を抜けていった。

それでも子供達には衝撃的だったらしかった。

私はハンドガンを取り上げ、尻餅をついているリーダー格の子の胸ぐらを掴んだ。


「これは殺しの道具だ、玩具じゃねえんだよクソガキが!!」


苛ついていたのだと思う。
子供に銃を持たせてしまったことに、焦っていたのだと思う。

私の罵声は賑やかだった商店街を静まり返らせていた。

そんな人だかりが出来る中で、人混みを掻き分けて近付いてきた人がいた。

ルフィだ。

偶然にも騒動の近くにいたのか、ルフィは私の肩に手を置いて、諭すように囁いた。


「もう大丈夫だから、放してやれ」


震えている。
いや、私が震えていた。
指先が真っ白になるほど胸ぐらを強く掴んでいる腕が、小刻みに震えていた。


「こいつら、ちゃんと生きてるから。死んでねえから、放してやれ。な?」
「…指が…」
「わかった。外すからな」


強く握りすぎた指は、もう自分の意思では力が抜けなくなっていた。
状況を察してくれたらしいルフィは、胸ぐらを掴む私の指を一本一本、ゆっくりと外していった。
完全に解放されたリーダーの子を連れて、子供達は一目散に逃げていく。近くの大人に助けを求める子さえいた。

観衆から非難の視線が注がれる。


「よく護ったな。偉かったぞ!」


けれどルフィは私の顔の血を拭きながら、にしし、と場違いにも笑っていた。
頭をがしがしと撫でられて、髪がぐしゃぐしゃになっているのが、地面に落ちた影の変化でわかる。

不釣り合いなルフィの穏やかさに可笑しくなって、小さく吹き出して笑った。


「なんかルフィの妹みたい」
「そうかあ? ちょっと種類、違うと思うぞ?」
「え? 何の種類?」


“好き”の種類。

ルフィはそう呟いて、私の頬にキスをした。





君がしてくれたこと
(そのキスの意味までは教えてくれなかった)

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