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「お兄さん! ねえ、お兄さんってば!」


くいくい、とズボンの裾を引っ張られて、ようやく呼ばれているのが私だと気付いた。足を止めて振り返る。
するとそこには私の膝くらいの身長しかない女の子がいて、ぎょっとした。


「い!?」


思わず足を強く引いて、距離を取ってしまう。
子供が大の苦手なのだ、私は。最強に苦手。

そんな私の行動が気に食わなかったのか、髪を二つに結った気の強そうな女の子は、腰に手をあてがって頬を膨らませた。


「やーね! 女の子は大切に扱うものよ!」
「ご、ごめん。で、なに? 迷子? 迷子なら仲間呼んでくるからちょっと待っててくれる?」
「違うわよ! あたし、これでも商売してるの! お花、買ってくれないかしら?」
「は、はな?」


よくよく見なくとも女の子は個包装された薔薇をいくつも籠に入れて抱えていた。首からぶら下がるポシェットには売上が入っているらしく重そうに見える。

私は腰が引けているのを自覚しながら取り繕った言い訳を言った。


「ぶっちゃけ花は用途がないというか、あんま必要ないというか、要らないというか、なんというか」
「なに言ってるのよ! バレンタインでしょ! この国では男の人から大切な人に花を贈るのが礼儀なんだから!」
「あー…」


どうやら私は男だと思われているらしい。
まあパンツスタイルだし、髪も長くないし、拳銃を吊っているから仕方なくもないけれどなかなか複雑な心境ではある。
化粧をし始める必要が出てきたか。と言いつつもしないのだけれど。


「お花! 買ってよ!」
「ものすごい押し売りだな…」
「買って!」
「わわわわわかった、わかったから近寄らないで。いくら?」
「500ベリー!」


私は急いでお金を取り出した。
けれど、女の子が受け取ろうと近付いてくるのに合わせて後ずさりしてしまう。


「ちょ、ちょっと待った。近寄らないで、ストップ」
「なんなのよ!」
「えっと、お財布開けて」


女の子は訝しみながらもポシェットを開けた。私はそこにお金を投げ入れて、素早く花をひとつ籠から抜き取る。
女の子が理解したときには、きょとんと呆然とした顔をしていた。


「あら、あなた凄いのね」
「これでいいっしょ? もう行ってくれる?」
「どうもありがとう!」


スキップを踏みながら去っていく女の子を見送りながら、どっと疲労を感じた。
やっぱり子供は苦手だ。
何が苦手と聞かれれば明確には答えられないのだが、関わりたくない。


さて、この花をどうしてやろうか。
手に掴んだままの一輪の赤い薔薇に目を落とす。

花瓶に挿して水をあげる趣味もないしなあ。

ぽりぽりと頭を掻いていると、背後に気配があった。
振り向くと、ゾロが立っていた。

いつものごとく刀に腕を乗せながら唇を不機嫌そうに歪めて歩いてくる。


「あれ、ゾロどうし――」
「迷った」
「だよなー。聞くだけ無駄だったわ」
「オメーも、それどうしたんだ?」
「脅迫されて買わされたというか…バレンタインなんだって」
「バレンタインなんか2ヶ月前に終わったぞ」
「なん、だと…」


あの女の子、やりおる。
なんて思いながらも、私は薔薇をゾロに差し出した。


「…は?」
「ゾロにはお世話になってるから。いつもあざっす」
「…俺かよ」
「いらない? ならルフィに――」


言い終えるより先に薔薇をぶん取られた。
ふん! と鼻を鳴らすゾロを、相変わらず素直じゃないなあと感じながらゾロの手を引いて船に歩き始める。
また迷子になられたら困るからね。手綱ってやつ。


「…これ、やるよ」
「んー?」


お返しとばかりに顔の前に突き出されたのは、同じ薔薇?
受け取りながらゾロを見るとゾロの手にも薔薇がある。


「なんだ、ゾロも買わされてんじゃん」
「うるせえな! 海に出てたらカレンダーなんて見ねえしバレンタインとか知らねえし!」
「だよねー」
「おーい!!!」


二人で会話をしていると、駆け足が近付いてきた。
見るとルフィが大腕を振っている。


「アラシ! これやる!」


握らされたのは、やっぱり赤い薔薇だった。


「あ、ありがとう」
「いやあーなんか今日バレンタインらしいんだよなー!」
「「バレンタインって2ヶ月前に終わったんだと」」
「へー! まあどうでもいいんだけどさ!」


細かいことを気にしないのはルフィらしいと思いつつ、私の手元にある二本の薔薇を見つめた。
まさかとは思うが、二度あることは三度あるなんて諺、現実にならないよな。

なんて考えていると、行く手を阻んだ赤い薔薇。
持ち主はサンジだった。
薔薇と同じ、深紅のシャツが色白のサンジによく映えている。煙草をくわえながら膝をつきさえするサンジから薔薇を受け取らないわけにもいかず、私の手元には3輪の薔薇が抱かれる。


「アラシちゃんにサプライズのプレゼントだよ」
「あ、ありがとう」


また増えた。
目をぱちくりさせながら薔薇を見つめる。
するとどうしてか可笑しくなって、吹き出して笑ってしまった。


「なに皆ちゃっかり買わされてんの」
「アラシちゃんも買ったのかい? アラシちゃんが買った薔薇はどれかな。俺が貰うよ」
「あ、ゾロにあげた」
「おいこらクソマリモよこせよ。てめえに薔薇なんざ似合わねえんだよ」
「うるせえエロコック。俺が貰ったんだ、おめえになんざやるかよ。足自慢のくせに一足遅かったな黒足くん」
「んだと、てめえ」
「やんのかこら」
「なー、アラシー、薔薇って食えんのかー?」
「食べれないっしょ。さすがに」


喧嘩をし始めるゾロの手を私が、サンジの手をルフィが引きながら、私はルフィのもう片方の腕で肩を抱かれて歩いていた。
私達の後ろではサンジとゾロが相変わらずの殴り合いをしている。
何だか騒がしい気もするけれど、同時に楽しくて、柄にもなく花瓶に活けてみてもいいかと思ってしまった。





麦藁海賊のやばい噂
(麦藁の四人の男が薔薇を交換し合ったという奇異な噂が流れるはめに)

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