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「誰だ、お前」


ゾロが記憶喪失になりました。

唖然としてゾロの顔を見る皆は、原因が既にわかっている。
一瞬前にゾロが口にしてしまったワスレダケという茸のせいだ。見た目が旬の美味しい茸に似ているため、誤ってウソップが採取してきてしまったのだ。
サンジが調理をし、食卓に並べたときに、茸について詳しいチョッパーが正体に気付いた。制止を掛けたのだけどゾロには一歩及ばず、食べてしまった。

チョッパーいわく、ワスレダケは一人の人物に関しての記憶だけがすっぽりと消えてしまうらしい。他の思い出は全て残る。だから生活に支障はさほどないのだという。

けど今回、忘れられたのは――。


「うっほ、私かよ」


ゾロの隣で今まさにワスレダケを食べようとしていた私は、ゾロに物凄い勢いで睨み付けられている。フォークを置いて、顔を離した。

それもそうだ。
ゾロの中に私の記憶がないのだとしたら、いきなりサニー号の食堂で他人が隣に座っているのだから威嚇したくもなるだろう。
けど、その強烈な迫力ありすぎる喧嘩腰の目に腰が引けてしまう。


「ちょ、怖い怖い。睨まないでよ」
「おい、こいつ誰だ」
「アラシだぞ。仲間にしたんだ」


ルフィが紛れもない事実を言ってくれたのだけれど、当然ゾロは納得がいっていない様子。
まあ、もともとそういう性格だからなあ。皆が敵を信じても、ひとりだけ疑い続ける敏感なところがあるから皆も納得して副船長任せている訳だし。
さて、どうしたものかね。


「認めた覚えがねえ」
「あ、それはこのワスレダケっていう茸のせいで――」
「うるせえな、お前に聞いてねえよ」
「わお」


説明しようとした私の言葉を即座にシャットアウト。
楽しいはずのランチの場がいっきに冷え込む。


「仲間だぞ。そんな言い方すんな」


ルフィまで本気で怒り始めそうな始末。記憶がないから仕方がないのだけど、やはり寸前までは友人だったのを見ているから口調が気に食わなかったのだろう。まあ気まずいのは他ならぬ私な訳で、ぽりぽりと頬を掻いてみた。


「えっと、この茸の効能ってどのくらい持つの?」
「三日で治るぞ!」
「こんな知らねえ女に返事なんかすんじゃねえよ」


チョッパーとの会話も許されないらしい。
冷えた皆の雰囲気が、今度は苛つきに変わった。


「あんたねえ、いくらなんでも言い過ぎでしょ?」
「あ?」


まさかのナミにまで険悪ムードが飛び火しそうなので、迷いながらも立ち上がった。
皆の視線が私に集まる。


「あー、えっと、まあ、しょーがないよ。ゾロは人一倍、警戒心強いし。皆もやりにくいだろうから、三日後までゾロと顔合わせないようにするからさ。うまくやってよ」


と言いつつ、ちゃっかり自分のぶんのパスタを皿に山盛りにして持ちつつ食堂を後にした。
閉じた扉からサンジとゾロの言い合いが、だだ漏れしてくる。というより皆からゾロが一方的に非難されている、か?
まあ、よしに。

さて、ゾロに会わないところと言えば図書室と女部屋くらいだ。
ゾロは甲板ではよく昼寝をしているし、展望室ではトレーニングするし。
あ、アクアリウムがあるか。

私はアクアリウムへと足を向けた。



 * * *



カウンターでパスタを堪能してから、生け簀を泳ぐ魚をぼけっと見つめていると、サンジが入ってきた。
トレイに紅茶とケーキを乗せている。――のは、いいのだけれど、顔がアザだらけだ。服もぼろぼろ。

おおかた、私のためにゾロと殴り合ってくれたのだろうと思うと、少し微笑ましかった。


「デザートだよ」
「ありがとー。うえーい、ケーキだケーキ」


甘いケーキと甘くない紅茶を交互に楽しんでいると、隣にサンジが座って、珍しく仏頂面で煙草をくわえた。


「不機嫌だね。ゾロのことなら平気だよ。人の記憶なんて当てにならんし、忘れられてもどうってことない」
「それにしても、あの言い方。腹立つ」
「初対面の人にはいつもあんな感じじゃん。特に敵っぽい人には。しょーがない、しょーがない」


お皿についたクリームまでフォークで掬い取る。ぱくりと最後の一口を頬張ると、サンジが不思議そうな顔で私を見た。


「凄いね。俺だったら仲間に忘れられたら結構、くるけどな」
「忘れられたら忘れられたで他の生き方を見つけるし。しょーがない、しょーがない」
「…今までもずっと、そうやって生きてきたの?」
「え?」
「悲しいことがあっても、しょうがない、って思い込んで、言い聞かせて、ずっと隠してきたの?」
「何でそう思うの?」
「…顔。全然、美味しそうじゃない」


はたと気付いた。
私の大好きなケーキを食べたのに、そういえば味を覚えていない。ただ甘いという感覚しかなかった。
空になったカップと皿を見つめて、首を傾げる。
食べたのに、満腹感すらない。


「え、これ悲しいのかな」
「わからないけど、そんな気がする。夕食もここで食べる?」
「そうしようかなあ。また皆が喧嘩になっても面倒くさいし」
「わかった。持ってくる」
「あざーす」


言って、食器を下げに行ったサンジの背中を見送る。

ひとりになって、考えた。

悲しいのか?

胸に手を置いてみるけれど、呼吸も脈拍も心拍数もいつもと変わらない。普段通りだ。
涙が出ている訳でもないし、眉が下がっている訳でもない。

悲しいって何だっけ。

思い出せないほど、麦藁の一味になってからは楽しい毎日だったと痛感した。
ああ、そういえばずっと笑ってたなあ。
毎日、皆と笑ってたなあ。その中にはもちろんゾロもいたなあ。
そうか、悲しいってこんな感じだったか。

またゆらゆらと泳いでいる魚を見上げていると、ばーん、と力強くドアが開けられてビビった。
肩をびくつかせて振り返れば、予想外の人物、ゾロがいた。案の定、アザだらけでぼろぼろ。


「げ。ゾロ。昼寝しないの? ここ使うなら出て行くけど」


無言のまま私を睨んでいる。仁王立ちしているゾロと数秒、見合って、私が折れた。


「わかった、わかった。出ていくよ。えーと、図書室にいるから来ないでね」


そしてそのままゾロの脇をすり抜けようとしたとき、腕を掴まれた。
驚いて見れば、ゾロは真正面を睨み付けながら大汗を掻いている。歯を食い縛るように唇を引き結んでいるし、どうしたこの人。


「な、なに。お腹痛いの?」
「アラシ…って、いうんだろ」
「うん?」
「仲、良かったんだよな…?」
「私達? あー、まあ悪くはなかった気がするけど」
「さ、さっきは、わ、わわわわ、悪かった」
「うん? 珍しいね、そんなにどもるの」
「チョッパーが、三日待たなくても、治る方法、調べて、くれ、た」
「うん? 試せばいいじゃん。どうしてここに来た」
「…ってくれ」
「ん? ごめん、聞こえなかったや」
「――ってくれ…!」
「はい? なに?」
「だあ、もう! 抱き締めて耳元で恋人にするように愛してるって囁いてからディープキスしてくれって言ってんだよ!」
「いっ!?」


反射的に逃れようとすると、ゾロの両手が私の肩を掴んで阻止した。
壁にぐいぐいと押し付けられて逃げ場をなくす。
ゾロは懸命に説いた。

「お、おお俺だって自覚ねえのに忘れてるの気持ち悪いし、ルフィに怒鳴られんのもコックに殴られんのも癪だし、俺ら仲良かったんだろ!? 助けてやると思って、ちゃちゃっとやってくれよ!」
「ちょ、待て! 落ち着こう、ね? いったん落ち着こう! そんな治療法聞いたことないし、チョッパーにからかわれてるんじゃくて?」
「図鑑まで見せてもらった」
「マジかよ。じーざす」
「な?」
「いや、言うても仲良かったって友達として、仲間として仲が良かったのであって、恋人とかじゃなかったからね!? 全然、違ったよ!?」
「あの茸は――! あー、もういいから早くしろよ!」
「だあ! わわわ、わかったよ! 来て!」


半ば自棄になってゾロを抱き寄せた。
ゾロは大きくて、背が高くて、首に腕を回すと必然的に背伸びをしないといけなかった。不安定になる足元に気が付いたのか、ゾロが躊躇いがちに私の背に腕をまわして支えてくれる。
ゾロの香りがいつもより濃いし、筋肉が固くて狭苦しいし、包まれている感じがして違和感がある。


「い、言うよ…?」
「…早くしろよ、恥ずかしいだろうが!」
「わかったよ」


照れ臭くて、頭の中で何度も練習をする。
目をぎゅっと瞑って、言った。


「あいしてる」


ひそひそ話をするように言うと、ぴくりとゾロの体が反応した。
どかーっという勢いで、首や耳朶まで真っ赤になっている。いやいや赤面したいのは私の方だよと思いながら、最大の難関がやってきた。

少し体を離して、ゾロの目を見ると、欲望と羞恥が混ざって熱っぽく揺れている。
見ていたら駄目だと思って、目を閉じて唇を重ねた。初めは遠慮がちに舌を絡ませていたのに、次第にゾロに追い詰められていく。距離を取ろうとしても、後頭部を大きな手で押さえられて敵わない。

やっと唇が離せたときには熱い息が洩れた。


「お、思い出した?」
「まだ」


そして再びキス。
今度はゾロから求められて、私はほとんど壁に張り付けにされていた。
もともと無かった体との距離が余計に無くなって密着している。


「ねえ、まだ?」
「まだ。全然」


酸欠になる。隙をついて息をしようとするのに、させまいと塞ぐゾロは故意なのか偶然なのか。
息苦しくて、ふらついた私は膝から落ちていく。ゾロはそんな私を受け止めながら、ゆるゆると互いに座り込んだ。
そして長い時間、互いの唇を貪っていた。

ふとゾロの目を見て、先とは雰囲気が違うことを悟る。
目を細めてよく見て、察した。

胸を強く押して距離を取る。


「思い出してるでしょ」
「…ちっ」
「欲求不満怖いわー。男の人怖いわー。ほんっとに感謝してほしいし、これ大きな貸しだから」
「わかった、わかった」
「それにしても変な治療法。何でこんなのが効果あんの?」


ゾロは「さあ」と知らないふりをした。





あまのじゃく!
(最愛の人を忘れる罪深い食べ物)

オマケ
食堂にて
「え、なに。何で皆ニヤニヤしてんの」
「「「べっつにー?」」」
ゾロの気持ち、バレちゃったもんね。
知らないのはひとりだけ。

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