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「ぶぅえぇっくしょい!」


盛大にくしゃみをした。
盛大に鼻水が出る。


「…あ"ー辛いクソ。海の上だからって油断してたわ。どこから飛んで来てんだ、花粉ってのは」


季節は春一歩手前。まだ肌寒いというのに、暦では一足早く春を迎えたようだった。
ともすれば風物詩ともいえる現象がある。つまりは先日、吹き荒れた嵐に乗って早くも花粉が猛威を奮っているらしい。
超絶花粉症の私は昨日から箱ティッシュをひとつ空にし、二箱目に突入している。むしろ三箱目にいく勢い。

喉はいがいが、鼻水ずるずる、涙ぼろぼろ、目も顔も痒いことこの上ない。
アライグマのごとく顔をごしごししていると、チョッパーが温かい蒸しタオルと冷えたタオルの二枚をくれた。


「目はあんまり掻かない方がいいぞ! 目は冷やして、鼻と口は温めると気道が広がって呼吸しやすくなるから、試してみろ!」
「マジか、ありがとう」


タメになる意見を参考にして、とりあえずアクアリウムに引っ込んだ。甲板に出ていては花粉の餌食になり続けてしまう。

薄暗い室内は太陽との明暗差で目がちかちかする。
手近なソファに体を横たえて、二種類のタオルを言われた通りの部位に乗せてみた。


「あー冷たくて気持ちいいー。温かくて気持ちいいー。顔の温度が二極化してカオスー」


生け簀で泳ぐ魚の優雅な柔軟性に似た船の揺れ。
時々、ちゃぽん、という水の音がするのは魚が水面から顔を出していたりするのだろう。蝿の羽音に似た、空気を震わせる濾過装置の機械音が聞こえる。
それらが遠くへ遠くへ離れていくのを感じた。
つまり眠気だ。
痒みも少し収まって来たせいか、急に睡魔に襲われる。

薬嫌いで出来るなら飲みたくないのだけれど、さすがにこれからはチョッパーに処方して貰おうかな、とも思う。


「アラシちゃん」


誰かが入ってくる音がした。
誰何する必要はない。声を聞けばわかる。朝食の片付けを終え、昼食の仕込みが終わったのだろう。
彼は誰よりも自由時間が少ない。


「サンジか。どったの」
「花粉症が辛そうだって聞いたからアロマ持ってきたよ。ディフューザー使ってもいい?」
「そんなの持ってたんだ。いいよ、どんどん使っちゃってー。むしろありがたい。花粉症に効くアロマなんてあるんだ?」
「あるよ。カモミールとかユーカリとかティトリーとか、結構あるんだ」
「さすが博識でらっしゃる」


がちゃがちゃとディフューザーを設置する音がしたあとで、稼働音が始まった。
どこからともなく、ほのかな香りが漂っているような気がしなくもない。鼻が詰まっていてよくわからない。
けど心なしか鼻が通り始めたような。


「アロマすご」
「氷も持ってきたよ」


サンジは言いながら、私の頭上に座った。

既に生温かくなりつつある目元のタオルの上に、袋に包まれた氷が乗せられる。
ひんやりと先よりもだいぶ冷たい。熱を持った目が急速に冷やされていくのがわかる。


「あー…気持ちいいー」
「外に出るとき、眼鏡貸してあげようか? 少しは花粉も目に入らないかも」
「そうだね、つけてみようかな」


サンジの手指が私の髪をすく。
そして首に手を回され持ち上げられたかと思うと、サンジの太腿が後頭部に入り込んできた。
膝枕だ。
筋肉のほどよい固さがちょうどいい。高さも温度も、ちょうどいい。


「サンジ、寝ちゃうよ、これ」
「そのためにやってるんだよ」
「いいの? 膝枕とか疲れない? むしろ私が寝てる間、暇じゃない?」
「暇じゃない」


サンジは私の頭を撫でたり、髪をすいたり、かと思うと首や鎖骨を撫でたりと忙しい。
その手付きが料理をするのとは全く違う、ゆっくりとしたもので調子が狂う。
強制的に触れられている部分を意識させられるような、サンジの術中にまんまと嵌まっているような、それでいてサンジが不敵に笑っているような、そんな気さえする。

甘い手付きは私にはよろしくない。

爪で耳を軽く引っ掻かれた瞬間、思わず体を捻って抵抗してしまった。


「…くすぐったかった?」
「わざとやってる?」
「どうだろう」


そうして静寂な時が進むと思いきや、首を持ち上げられて耳を舐められた。
一瞬ではなく、根こそぎ肌を剥ぎ取るような力と速度で。
例えるならお皿についたクリームを舐めとるような舌使いだった。


「どぅわ!?」


驚いてタオルを目元から外そうとすると、サンジの手に制される。
タオルの上にサンジの大きな手を乗せられては、もう取れそうもない。


「サンジー、手どけてー」
「だめ」
「何でじゃ」
「ちょっと今はだめ。見ないで」
「はい?」


強引にサンジの手を掴んでタオルを外す。
見上げたサンジは、手で口許を隠しているけれど赤面している。
耳まで真っ赤だ。


「え、何で赤い?」
「見ないでって言ったのに」
「普通恥ずかしくて赤くなるの私じゃない? 今の状況だと」


サンジはタオルを奪って、再び私の目元に乗せてくれた。
外させないとばかりに、またタオルの上から手で押さえられてしまう。

そして長い沈黙のあとで、サンジがぼそりと呟いた。


「ごめん、興奮した」
「変態かよ」






親切な人にはご用心!
(狙われてますよ!)

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