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これはルフィ達と初めて出会った頃、私が仲間に加わったときのお話。



 * * *



ちょっと待て、洒落にならん。マジで洒落にならんぞ、これ。

私は両手錠を掛けられ、両足に足枷を付けられ、その鎖に何と重い鉄球というオマケ付き。両足を繋ぐ鎖には僅かにゆとりがあって動かせるものの、思い通りに行かない。ずるずると鉄球を散歩しながら足を前に出すたびに、何の嫌がらせなのか足枷と同じように巻かれた細いワイヤーが足首に食い込んでくる。ぶっちゃけなくとも痛いっす。

目の前を歩く貴族っぽい中年のおじさんは、私の首輪から伸びた頑丈な紐を引っ張って「早く歩け!」と催促をしてくる始末。

いやいや歩けないんだって。よく見てくれよ、歩幅5センチだぞ。秒速換算してみてくれよ。


どうやら私は売られるらしかった。


とある事情で、前に生活をしていたところを棄てて、この島の森で隠れて生きていたら、狩猟期になって森でわいわいハントを楽しんでいた貴族達に運悪く見つかった。
そしてどういう訳か、何かを見初められて人身売買の公開競売に掛けられるらしい。

どこぞの侍女に入念に風呂に入れられて、綺麗でド派手で布面積の小さい下着と、何も隠せていない透け透けのレースのネグリジェを着せられて、今に至る。寒いよ。風が冷たい。

会場は屋外広場のど真ん中。
ここも私有地なのか、テーブルがいくつも出され、湯気の立つ様々な料理や、色とりどりの飲み物が置かれていて、貴族達も大勢いる。
立食パーティーも兼ねているようだ。

簡易に作られた舞台に上げられ、私を引っ張っていたおじさんが声を張り上げる。


「さあさあ、今日の目玉はこの女! 正真正銘の処女! 絹のような黒髪! 雪のような滑らかな肌! そして何よりこの美貌、体!」


おじさんに顎を掴まれて観衆に見せ付けられる。
男の人ばかりが私を見ていて非常に気分が悪い。女の貴族はどうでもいい、という感情がありありと顔に出ていた。


「いかがですか? 500万ベリーからどうぞ!」
「550」
「600」
「700」


貴族達がそれぞれ持つナンバープレートが至るところで上げられ、そのたびに値段が釣り上がっていく。

とりあえず、このおじさんにとって私の値段は500万の価値しかないらしいし、そして貴族にとっては、それくらいの額は端金でしかないらしいし、それでいて彼等には倫理観というものが皆無のようだ。

売られた先で何をやらされるかは想像がつく。
いつの世も、女というのはそういう対象でしか見られないのだから吐き気がする。
どうしてくれようか。

あー、どうしよう。


「10億」


唐突に、ある男が言い放った。
法外なその値段に広場がしんと静まり返る。

どの男だ?

皆も同じことを思ったのかキョロキョロと見回すと、黒革のロングコートを肩に羽織っただけの、短い黒髪を風に揺らすひとりの男が舞台から一番遠くに立っていた。
ナンバープレートはおろか、お酒さえ持たず両腕を組んで不適な笑みを浮かべている。

顔は長めの前髪のせいでよく見えないが、そう年齢はいっていない。多分、若い。

あからさまに、おじさんがたじろぐ。


「じ、じゅ、10億で、ございますか?」
「ああ10億だ」
「おい、あのお方はどちらの名家だ、お調べしろ」


おじさんが近くにいたメイドに耳打ちする。


「他の皆様、10億が出ました。いらっしゃいませんか? いらっしゃいませんね? それでは、10億で落札!」


小さな拍手が寂しげに響く。この女ひとりに10億? という小言が貴婦人の間で囁かれている。

まあ、否めない。
どんな物好きなのだろうと考えさせるだけでは足りない額だ。

私はまたおじさんに引かれて、舞台を降りる。

観衆の間を突き抜けるように引きずられ、黒革の男の前に連れて行かれる。


男は蛇のような目をしていた。

睨んでいるつもりはないのかもしれない。ただじっくりと、私を観察しているだけなのかもしれない。物珍しそうに。
けれど釣り目には妙な力強さと迫力があって、私は気圧された。

おじさんの手から男へ、手綱が譲られる。

その瞬間――。


「何だぁ、これ。胸糞わりいな」


場違いな言葉遣いが小さく響いた。

手綱は渡されなかった。

おじさんと私を繋いでいた紐がすっぱりと切れている。

見れば刀を降り下ろした緑頭の剣士がいた。
私の肩からは金髪のくるりん眉毛の人がジャケットを掛けてくれて、重い鉄球を繋いでいた鎖を麦藁を被った男が握り潰してくれている。


「美味そうな匂いがしたから来てみたのに、全然楽しくなさそうだ」


麦藁の彼がいった。名をルフィという。賞金首のチラシを見たことがある。周りにいるのは皆、その仲間だ。
ゾロ、サンジ、ナミ、ウソップ、チョッパー、ロビン、ブルック、フランキー。私でも名前を知っているのだから、貴族も当然、わかったはずだ。「海賊よ!」と悲鳴をあげながら、広場から貴族が脱兎のごとく逃げ出していく。

ただひとり、蛇のこの男を除いては。

がらん、とした広場に麦藁の一味と私と、男だけが取り残された。


「そこをどけ、麦藁。それは俺が買ったんだ」
「盗むのが海賊だ」
「その女にどれだけの価値があるのかをお前達はわかってるのか? なあ、アラシ」


はっとした。
この男は知っている。
私が誰で、私が何をして来たのかを。

けれど割って入ったルフィは興味もなさげに、間髪入れずに答えた。


「知らねえよ。お前、アラシっていうのか?」
「え、ああ、うん。まあ」
「この男に付いていくのと、俺達と海に出るのと、どっちがいい?」
「え」


私に海賊になれというのか。

蛇の目を持つ男を見て、ルフィの背中を見て、その仲間を見回した。
どの目も力強い。ルフィが提示した案に誰も疑いを抱いていない信じきった眼だ。

ふとルフィが振り返った。


「行こう!」


笑いながら言ったかと思うと、私の返事も聞かないうちに私を抱き上げて、走り出した。

蛇は追っては来なかった。
ねっとりと、いつまでも私を見つめるだけで。



 * * *



「あー、そんなこともあったねえ」


宴のあとの食堂で私とゾロだけがまだお酒を飲んでいた。

ゾロとルフィが出会ったときの話をしていくうちに、自然と私との出会いの話になったのだった。

あのときを思い出して、くつくつと喉を立てて笑う。
手錠や足枷を切断してくれたのはフランキーだった。
服を貸してくれたのはナミとロビンで、怪我の手当てはチョッパーで、ブルックとウソップが針と布でたくさんの服を作ってくれた。初めての仲間なのに旧知の友のように接するのは、彼らの特技だったのだろう。

仲間になる、と一言も言わないまま、私はここにいる。

今となっては、私の膝をルフィが枕にしてお腹に抱き付かれているし、私の右肩にはサンジが凭れ掛かって、手を握り締めてくれている。指を絡ませて握るのがサンジの癖なのだろうと思う。
はす向かいに座るゾロはそんな私の状況を見て、鼻で笑った。

周りでは皆がうたた寝をしている。ナミとロビンは早々に部屋に戻っていったんだから本当に頭がいいというか、要領がいいというか。


「大変だな、お前も」
「なかなか窮屈だけど、手錠と足枷と鉄球ほどじゃない」
「そうだな。それにしても、仲間になったお前がこんなに銃が上手いとは思わなかったけどな。初めて見たときは驚いた」
「あーね。ルフィ達が目を星にしてたね」
「だな。時間が過ぎるのは早えなあ」
「そうだねー。ははっ、若いのにお爺ちゃんみたいなこと言うねえ」
「ま、最後までよろしくな。その二人の寝床まで、俺は面倒みきれねえからな」


最後、ねえ。
ちらついた想像に見ないふりをした。


「うん、よろしく」


私は笑って、ゾロと乾杯する。

サンジの手を握る力が、お腹に回されたルフィの腕の力が、ほんの少し強くなった気がした。


「ところでルフィの涎が冷たい」
「汚ねえ!」





いつか、その日まで
(君の望む最後が、私の思い描く最後とは限らない)

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