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サンジが、2人?

私は左右にいる2人のサンジにそれぞれ銃口を向けながら、心底困惑していた。



 * * *



遡ること1時間前。

盛大に寝坊したせいで、少し遅めの昼食を食堂で取っていた。

他の皆は、既に着いていたらしい島に遊びに出てしまっていて、いない。けれどサンジだけは残ってくれていて、出来立てのご飯を食卓に並べてくれた。

グラタン、スープ、サラダと冷えた水、お洒落なカトラリーを綺麗に並べ終えると、私の隣に腰掛けて私が食べるその姿を見守ってくれる。以前「そんなに見てくれるな」と言ってみたのだけど「コックにとって一番幸せな時間だから」と聞いてくれなかった。

フォークでホワイトソースたっぷりのグラタンを掬い上げ、はふはふしてから頬張る。熱いけれど、これぞグラタンの醍醐味。


「本当にサンジの作るご飯は何でも美味しいね」
「ありがとう」
「今日も食料調達でしょ? お皿は洗っておくから、行っていいよ。寝過ごしてごめん」
「でもアラシちゃんがひとりになっちゃうから」
「大丈夫、大丈夫。責任持って船を守ります。それに良い食材は早く行かないと売り切れちゃうんでしょ?」


敬礼してみせて、サラダを掻き込む。むしゃむしゃと頬を膨らませて喋る私を見て、サンジは嬉しそうに笑って私の頭を撫でた。


「わかった。すぐに戻るよ」
「うい。いってらっしゃーい」


そうして出ていくサンジの背中を見送った。
グラタンとスープをごっくんして、お皿をじゃーすか洗って甲板に出る。

風が穏やかで、なおかつ陽射しは暖か。加えて空は快晴。雲ひとつない、濃い青色がずっと続いている。
ぬくぬくとした陽気にほっとして、うんと伸びをした。

船首に向かうと、ちょうど街が見えた。白を貴重とした洋風の街並みだ。アニメにでも出て来そうだなあ、と思いながら手摺に肘をついて海を見下ろす。

海底まで見えそうなほど透明度の高い海水だ。色鮮やかな魚が泳いでいるのがよく見える。

たゆたう魚を見ていると眠気が襲ってきて「ふあー」と欠伸をしながら頬杖をついた。
ちょうど桟橋をサンジが街へ向かって歩いているのが見えた。

黒のスーツがぴっしりと決まっていて、背筋も伸びている。煙草すら美麗に見えるのだから、サンジが女の人にモテるのも頷ける。

どんどんと後ろ姿が小さくなって、見えなくなった。

そこで、背後で気配が動いた。

敵か?

懐に忍ばせていたハンドガンを取り出して、構えながら振り返る。

と、――。


「あれ? サンジ?」


そこにはサンジが立っていた。

突然、銃を向けられて心底驚いた顔をしている。私は仲間に銃を突き付けてしまったことに気付いて、慌てて銃をホルスターに戻した。


「ごめんごめん。もう行ったのかと思って」
「どこに?」
「街に」
「何でそう思ったの?」
「いまサンジが橋を渡ってたように見えたんだよ。見間違いだったや」
「そうだね」


雰囲気がまるで違った。

いつもの穏やかさが消えている。
何だか蛇のような、絡まりつく粘着質な色気が眼差しに宿っているような気がした。

サンジが疑問を投げ掛けてくるたびに一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
普段ならばそこまで警戒しないのに、どうしてか今のサンジには気圧されてしまう。
当然のことながら船首にいた私には一歩も後退り出来るゆとりはない。

サンジがすぐ目の前まで近付いて来た。

それでも止まろうとせず、私の両の脇を擦り抜けて手摺に両手を着く。

サンジと手摺の、僅かな隙間にすっぽりと入っている私はもちろん身動きが取れない。
加えていつもと違う、強さのある瞳から目が離せなくなってしまう。
まるで、濁った蜂蜜のような重い瞳。

これはサンジなのか?
本当に?

その疑問が強く胸に湧いた。


「ねえアラシちゃん」


サンジが甘く、低い声で私を呼んだ。
唇の動き、吐息の小さな震えが私の唇を掠める。
それほどに、サンジはすぐ近くにいた。


「キス、していい?」


もはや既に唇は微かに触れている。


「…何で?」
「したくなった」
「もうほとんどキスしてるようなものだけど」
「もっと深いのがいい」
「どんな?」
「口開けて」


言いながら、サンジは私の顎に摘まんで少しだけ引き下げた。


「舌、出して」


言われた通りにする。
私の本能が、今はまだ逆らうときじゃないと言っていた。まだ、危ない。

舌をほんの少しだけ覗かせる。
するとそれまでの、ねっとりとしたサンジの雰囲気が嘘のように変わって、噛み付くようなキスをされた。

熱くて肉厚なサンジの舌がぬるりと口内に入り込んで、私の舌と執拗に絡みついてくる。
少し苦い煙草の香りのする唾液に塗れたキスは嫌な水音を立てた。


「美味しい」


艶かしくキスの合間に呟いて、サンジは私を抱き上げて手摺に座らせた。両方の手で私の後頭部を掴みながら、何度も角度を変えて唇を貪る。
どれほど続いたのだろう。

ちくり、と痛みが走った。

唇を噛まれたのだ。右の唇の端が痺れたように痛む。
互いの唇に私の血液が濡らついて、赤く染まり、でもサンジはそれをも舐め取って、あろうことか傷口に吸い付いた。


「美味しい」
「ちょ、もう辞め――」
「待って、まだ」


キスに貪欲になっているサンジを見つめながら、私はそっとハンドガンに手を伸ばした。セーフティを外して、サンジの腹に銃口を向けて、さあ撃とうとしたとき、サンジが急にいなくなった。

見れば、マストにサンジが貼り付いている。
もう一人のサンジに蹴られたのだ。

もちろん私の頭は大混乱。

蹴ったのもサンジ。蹴られたのもサンジ。

サンジが2人?


「アラシちゃんに何てことを…!」


蹴った方のサンジが持っていたのであろう大荷物をその場に落として、マストへ吹っ飛んでいたサンジを睨み付けていた。
どこから見ていたのかは知らないけれど、何をされたかはわかっているご様子。

多分、私の勘からいって本物はこっち。
偽物がマストの方だと思う。


「やっぱり偽物かー。いやあ、いつ攻撃しようか迷ってたんだよね。助かったよ、サンジ」
「助けてあげられてないよ。攻撃の機会を窺う為だったとはいえ、あんな奴と…!」
「敵だって確信が持てただけで充分だよ。さて、さくっと撃って終わらせて――」


銃口を向けようとすると、偽サンジが勢いよく私に飛び掛かって来た。
その瞬発力だけを見れば本物であると見違えても仕方がないように思えるほどだ。


「はやっ!」


撃ち損ねた。
けれど掴み掛かられる寸前で、サンジがまた蹴りを入れて、何とか難を逃れた。

偽物と本物がごろごろと入れ換わるようにして甲板を転がり、ほとんど同時に立ち上がる。


「…お?」


どっちが、どっちだ?

私を護ってくれようとして、本物が偽物に攻撃をしかけたものだから、もはやどっちが偽物なのかわからない。
髪型、体格、服装は全て同じ。組み合ったせいで埃も、両名に同じように付着している。

私はハンドガン2丁を両手に携えて、2人のサンジにそれぞれ向けた。


「えー、どっちが本物?」
「「俺だよ!」」


どっちのサンジも自分を指す。声まで同じとは。偽物が誰だかわからないし、何のためにサンジを装ってるのか知らないけれど凄い技だな感心してしまう。


「好きなものは?」
「「ナミさんとロビンちゃんとアラシちゃん!」」
「夢は?」
「「オールブルー!」」
「私のスリーサイズ」
「「ぱぁん!」」


2人同時に鼻血を出すってどういうシンクロ率してんだ。

何はともあれ、偽物は完璧だ。
外見から判断するのは不可能だろう。


「面倒くさいな。本物だったら避けられるはず」


言い終えるが早いか、引き金を引いた。

左のサンジは脚力を使って跳ね上がり、右のサンジは顔を腕で隠してバク宙をしてみせた。どちらも綺麗に避けている。


「お前か偽物ぉっ!」


2丁拳銃を右のサンジに絞って、ありったけの弾を撃ち込んだ。硝煙がまだ濃く漂っている中で、さらにショットガンを構えて撃つ。

装填していた7発全てを空にすると、しばらく沈黙が続いた。

刹那、ふわり、と風が吹いたかと思うと、私の背後に人影が舞い降りた。

振り返ろうとして、だが抱きすくめられて敵わない。


「また来るよ、アラシ」


耳元でそう囁かれた。

今度はサンジの声を真似ていない、本物の、その人物の声だった。

頬から耳に掛けてをゆっくりと舐められ、悪寒が背中を襲う。

本物のサンジが蹴りを叩き込むのと、私が振り返って銃弾を浴びせるのは同じタイミングだったけれど、そのときには既に偽物はいなかった。

海に逃げ込んだのかも、街に向かったのかもわからない。
けれど取り敢えず、敵は消えてくれたようだった。

気配がない。

ショットガンを背中に背負い直す。


敵の姿もまともに見られなかった。

何のために、どうやってサンジの姿をしていたのか。
どうして私を狙ったのか。誰だったのか。
わからない。


警戒して海を見渡していると、本物のサンジに抱き締められた。

何だか今日はサンジたっぷりの日だなあ、なんて苦笑する。接した時間の半分は偽物だったのだけど、どうも錯覚してしまう。


「大丈夫?」
「大丈夫だから、そんなに気にしなくていいよ」
「だって…」
「うん?」
「だって、キス、されてた」
「別にどうってことないよ。肉を切らせて骨を断つ的な考えだったし、初めからちょっとサンジぽくないな、って違和感あったし。迷わずに撃てば良かったよ。私の判断ミス」
「もっと自分を大事にして。キスひとつ、誰にもさせないでよ」
「…わかった。ありがとう」


答えながら、舌で唇の傷を舐める。
血の味がした。


「どうしてあいつが偽物だってわかったの?」
「簡単だよ」





君の誇り=癖
(たとえ反射でも君は腕を護るでしょう)

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