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関連小説「結婚は勢いです」


***


「離婚届提出可能期間に入りました……って、何これ?」

 そう銘打った手紙はなぜか船に届いた。丁寧に赤い蝋で封された白い手紙は、どこぞの島のどこぞの役所からのもので、全く心当たりがない。覚えがあるとすれば島の名前にどことなく既視感がある気がするだけだ。
 食堂のダイニングテーブルの中央に置かれたその手紙。間違いではないのかと食い入るように読んでみる。
 その手紙の中には夫婦として、私とルフィの名前が記されていた。
 私とルフィは互いに見合って、肩を竦めるだけとした。そんなやりとりを見ていたナミ達は呆れて、食堂のダイニングテーブルに突っ伏してしまう。

「あのねぇ、忘れてるのアンタ達だけよ」
「何が?」
「アンタ達、結婚したじゃない?」
「誰?」
「アラシとルフィ」
「……私と?」
「ルフィ」
「俺と?」
「アラシ」

 そう言われても記憶がないものはないので、やはりまた互いに見合って、肩を竦めた。
 ゾロが説明を引き継いだ。

「ある島でアラシがガンショップ店員と結婚させられそうになったときがあっただろうが。婚約者と喧嘩になったのはアラシのせいだから責任とれだの、なんだの言ってよ。それを阻止するために、ルフィが店員よりも先に婚姻届を提出しただろ?」
「あー……」

 そんなこともあったような気がしなくもない。だいぶ昔のことではなかったか。
 ちらりとルフィを見ると、ルフィも顎を指で摘んで考えるポーズをしていた。絵に書いたような考える素振りからして、はっきりと覚えていないのは明らかだ。
 ゾロは脱力しながら言った。

「そのあとで宴だとか宣って、たらふく酒飲んだせいで覚えてねえんだよ。よりによって当事者二人が忘れてるとはな」

 ゾロの言葉にナミやチョッパーまで、うんうん、と大きく頷いている。皆がそこまで言うのなら、真実なのだろう。こうして役所から手紙もきているわけだし、信じるしかない。
 まあ結婚していようがしていまいが、別段、私とルフィの関係に変わったところなどなかった。そのせいで、そんな紙切れ一枚のことなどすっかり忘れてしまったに違いない。

「手紙を読むに、婚姻してから何年かは離婚届の提出ができないけど、時間経過したから提出できるようになりましたよってことだよね。離婚届は郵送でも大丈夫ってことで、白紙の届も同封してくれてるし、離婚するにはこれを出せばいい。で、いい?」

 私が手紙の内容を要約すると、待ってましたとばかりにサンジが羽根ペンとインクを持ち出してきた。その嬉々とした表情はなんなのか。とりあえず、はいはい、とペンを受け取る。
 えーと、なになに、妻の名前を記入、と。ここか。
 次は、妻の生年月日。


 ……生年月日?


「あー、ルフィ? 私の生年月日、なんて書いた?」

 私は自分の正しい生年月日を知らない。私自身が知らないのだから、仲間も全員、知っているはずがない。ルフィが先に届を出してくれ、受理されたとなると、私の生年月日の欄はおそらくルフィが適当に書いてくれたに違いなかった。その数字の羅列をやはり私は知らない。
 用紙からルフィへ視線を移すと、貼り付けたような笑顔のルフィがいた。にんまりと笑っているけれど、どこからどうみても仮面の顔。違和感のあるその笑顔だけで、あらかたの予想はついた。

「……もしかして、忘れた?」

 言うと、ルフィは今度こそいつもの大きな口で笑った。

「あはは! いやぁ、あんとき必死だったからなあ!」

 つまり正確には覚えていないということだ。

「全く覚えてない?」
「ぜんっぜん!!」
「数字のひとつも?」
「なーんにも!!」

 妻の誕生日不明で離婚届って成立するんだろうか。こういうときは、普通、どうするのだろう。


***


「あ、受理できない……。あ、ふーん」

 手紙に記載されていた問い合わせ先に伝電虫で連絡すると、案の定、婚姻届と同じ誕生日じゃないと離婚届は受理できないらしい。そりゃそうだ、氏名ならわかるけれど、誰が誕生日を変えられるというのだ。本人確認のためには必須な項目だ。

「と、いうことで……」
「宴だぁ!」

 結局、離婚できないらしいとわかるや、ルフィは同封されていた離婚届を破って紙吹雪みたいに散らしながら宴を促した。けれど、もう皆は呆れ返ってしまって、宴どころか無言で食堂を出て行ってしまう。
 そんな食堂に残った私とルフィ。
 ルフィは珍しく黙ったまま椅子に座り続けていて、皆の反応にショックでも受けたのだろうかと心配しつつ、食堂を汚すとサンジが怒るので私はせっせと紙吹雪を拾うことにした。
 一枚、また一枚。もぞもぞと床を這う。テーブルの下にまで紙吹雪が落ちてしまっている。やれやれ、とテーブルの下に潜り込み、拾い始めたときだった。

「〇■△□◎●◆◇」

 ルフィが何かを呟いた。
 あまりにも小さくて独り言のようにも聞こえた。でも、おそらく違う。
 それは数字の羅列だった。
 私はテーブルの下の薄暗い視界の中で、摘んでいた紙吹雪を見ながら、目をぱちくりとする。その数字がなんなのかを察すると、はっとして、すぐにテーブルから顔を出した。
 ルフィは頬杖をついて、笑っている。
 それは照れているような、悪戯がバレてしまったときの苦笑のような、いつもよりもずっと大人びた笑顔だった。真っ直ぐではなく、少し伏し目がちに私を見てくるのは、やはりルフィらしくなかった。
 私は何も言えずにいた。覚えているじゃないか、とも、どうして嘘をついたんだ、とも。

 ルフィは頬杖をついているその手で、笑ってしまっている口をさりげなく隠した。

「嫌だったか?」

 ルフィらしくない甘ったるい、ゆっくりとした声で問われる。その口調は、まるで私の答えを知っているみたいだった。
 さあ、どうする?
 そんな予想のついている顔。
 私は掌に集めた離婚届に視線を落とした。
 こんなもの、ただの紙切れ一枚。一枚だ。
 けれど私達は、確かにこの一枚で家族になったらしかった。
 ルフィの真似をして紙吹雪を思いきり散らした。
 それが答えだった。

 ふと、そっぽを向いたルフィの横顔は、堪えきれていない笑みが溢れていた。



結婚記念日
(つまりいま何周年なの?)

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