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「ねえ、ルフィ」

そう呼べば、ルフィは珍しく静かに答えてくれた。

「んー…?」

眠いのだろう。
サンジの美味しい夜ご飯を食べてお腹いっぱいになって、ゾロと食後の運動をしたルフィは私の膝を枕にして眠っている。麦わら帽子はルフィの胸の上にあった。

不思議な海を航海している。
百日間、ずっと太陽の光が降り注ぐ海で、今は真夜中に近いというのに朝みたいに空が晴れ渡っていた。少し眩しいのか、ルフィは寝返りをうって私のほうへ向いた。柔らかな髪が少しだけ崩れて、寝癖がつきそうに歪んでいる。頭を撫でて整えてあげると、ルフィがふっと頬を緩めて笑った。


「どうしたの?」


問うても、いや…と、言葉を濁すルフィ。
少しだけ待っていると、やっと言った。


「今の、好きだなあと思って」
「…ああ、手ね」


ルフィはどうやら頭を撫でられるのを気に入っているらしかった。それならばと仰せのままに頭を撫でると、ルフィの寝息が確かなものになっていく。
彼はこのまま寝てしまうのだろう。
眠れない私をここに置いてけぼりにして、この晴れた空みたいに月をどこかに追いやって、きっと眠ってしまう。
私は彼が起きるまでの時間、どうしたらよいだろうか。代わり映えのしない海原を望み、たゆたう魚達を見て欠伸でもかましていればいいだろうか。

この時間が堪らなく怖いというのに。

ああ、私って、いなくなっても同じね。

皆が寝静まった中で独りだけ起きていると、何故かそんなふうに思わせる魔力が夜にはあった。
特別な力もなく、過去に思いを馳せて、ああすればよかった、こうすればよかった、そうすればもっと自由に、もっときらめいた今を過ごせていたはずなのにと、どうにもならないことを嘆いては悔やむ。
一からやり直せるだろうかと、死が私をおびき寄せる。
死んだらゼロになってしまうとわかっているのに、どうしてもその誘惑がちらつく。

眠らないで。

ルフィに、ついぞ言えなかった私は憎らしげに空を見上げた。
ああ、小さい。
ああ、矮小。
そうやって私を見下しているんでしょう、神様。

誰の声も聞こえない。

そのせいで世界にひとりぼっちになったみたいに思える。
ああすればよかった、こうすればよかった。
そうしたら、こうしたい、ああしたい、そんな欲望の全てを行動に移せたかもしれないのに私はなんて愚かだったのだろう。ああ悔しい。悔しい。

死にたい。
──違う。


やり直したい。


私は人生を、やり直したいのだ。
ルフィに眠らないでと懇願する弱虫じゃなくて、一緒になって大の字で眠れるくらいの人生を歩みたかった。


「昨日さ」


驚いた。
眠っていたと思っていたルフィがいきなり語りだしたのだ。
体がびくついてしまった。


「夢を見たんだ」
「夢。どんな?」
「肉食ってる夢」


ルフィらしい。
指で彼の髪を鋤くと、気持ち良さそうに私の足に頬を擦り寄せる。


「美味しかった?」
「うん。うまかった。あれ、多分、故郷なんだよな。まだ俺が小さくてさ。シャンクスも両腕があって、ゾロもサンジもいなくてさ」
「そっか」


思い出せる故郷があるのは、羨ましいことだ。
きっと色んな人から愛されていたのだろう。ルフィはそういう人だから。


「けどさ」
「うん」
「変なんだけどさ」
「うん」
「肉を焼いてくれてたの、アラシだった」


どくん、と胸が高鳴った。髪を弄ぶ手が止まってしまって、目を閉じているルフィを見下ろす。
ルフィはさらに語った。


「頭に赤のチェックの三角巾巻いてさ、エプロンも付けて、袖捲りして、傷跡なんてひとつもなくて、それで、肉出してくれて、俺がうまいうまいって言って食ってるのを、ずっとニコニコしながら見てくれてるんだ」
「…私が?」
「そう。アラシが。ずっと笑ってんだ。おかわりする? ってさ。俺は、うん! って答えて、また肉を焼いてくれて、また笑って。なんか、食っても食っても腹一杯にならなくて、ずっと笑ってて欲しくてさ。俺、何回もおかわりするんだ。まだ食べるの? って、また笑われてさ。俺、嬉しくてまたおかわりするんだ。だからさ、なんか、変なんだけどさ──」


そういう人生も悪くなかったな、と思って。

そう言って、ルフィは眠ってしまった。
途端、世界は静寂に包まれた。風も波も喧騒もなく、静かに船はたゆたって、目的地へと進んでいく。閑寂に引き込まれた私は束の間、そうしていた。

しばらくして、空を見上げた。
雨が降った。
けど、それは一滴だけですぐにやんだ。
温かい雨だった。





それは、あなただけのもの
(あなたの夢の中で、私は違う私になれたのね)

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