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気分には波がある。
(と思っている)

波止場に大の字に寝転がって空を仰ぐ。
うだるような暑さでも、体温を奪う大雨という訳でもない。至って普通の晴天。
鴎やら種類のわからない鳥が海から島へと渡ってきては木々に留まって、羽根を休めているのが横目に見える。



「あーやる気が出ん」



呟きは潮風に靡いて消えた。

そもそも私は存外にも出不精であり怠惰な人間だ。一日中部屋に引き込もって本を読むなんて苦痛ではなくむしろパラダイス。

昼寝三昧の毎日を欲して欲してやまない。

それが何故だ。
何故こんなことをさせられているんだ。

がちん、と左耳の横の地面に着弾した。

船上から照準を定めているのはウソップ。


「ねー。もういいよ、直ったよ」
「いーや、まだだ。まだ少しばかり狙いが狂う」
「このまま寝そうなんだが」


ウソップは私の銃の手入れをしてくれている。オートマチックの二対の銃に鉛が溜まって撃てなくなったのがつい昨日のことだ。

入念に掃除をして、現在照準が合っているかを確かめてくれている。

しかし何も持ち主である私を的にしなくてもいいものを。
いくらプラスチック弾に変えているからとはいえ当たれば中々に痛いのに。

欠伸を噛み殺すとじんわりと目尻から涙が垂れた。
(眠い。ひたすら眠い。何もしたくない動きたくない。外きらい、太陽うざい)

もちろんそれらが好きなときもあるけれど、今日はやる気の波がすっかり引いているせいで思い付く限りの雑言を並べる。



鴎が今度は街の方から飛んできた。

何か両足に掴んでいる。

何だ?
雛鳥か?

目を凝らして見てみる。

私の真上に飛んだとき、その掴まれている何かが落ちてくるのとウソップが引き金を引いたのは同時だった。

ウソップの撃った弾は頭上に着弾したはずだった。音がした、ちゃんと。

しかし落下物が私の左胸に落ちたのが悪かった。



「…トマト…?」



餌にでもしようとしていたのか、はたまたただの悪戯か。鴎が落として行ったのは真っ赤なトマトだった。

最悪だ。

白のティーシャツなんぞ着たのが間違いだ。

やってられん、と瞳を船上に移せば驚愕の顔で固まっているウソップと視線がかち合った。

しばし考える。目をぱちくり。

はっとした。



「ウソップ違う「うわあああ!!!! アラシを撃っちまったあああああ!!!!」



完全にパニックに陥ったウソップは泣きながら大声で喚いて船内に駆け込んでいった。

これは説明しなきゃまずい。

大騒ぎになる前にウソップを落ち着かせなければ面倒なことになる。

大急ぎで立ち上がると、ぼとりとトマトの皮が地面に落ちて花開いた。

おい待て、これじゃあまるで。



「馬鹿、動くな!」



頭上から降り注ぐゾロの諌める声。

そりゃ血痕に見えなくもないけども。
今更ながらあの鴎が非常に憎らしくなってきた。しかし悠長なことも言ってられないのでサニー号に飛び乗ると甲板には既に皆が勢揃いしていた。

肝心のウソップは「何で…プラスチックなのに」と譫言を繰り返しながら涙を流し、口から泡を吹いて、ナミから殴られたであろう瘤を頭に膨らませている。

皆の慌てようにげんなりしながら説明しようとした。



「これは違うんだよウソップじゃなくて」
「こんな時まで庇わなくていいのよ! 喋らないで早く医務室に!」



あえなくナミに遮られる。チョッパーはベッドやら縫合セットやらを準備しているらしく姿がない。

おまけに目の色を変えたサンジが私を担ぎ上げてしまう。



「違う! サンジ待って!」
「死ぬなよアラシちゃん!」



聞く耳をまるで持ってくれない。

ああ面倒くさい。

このまま運んで貰ってサンジとチョッパーに話せば皆にも伝わるか。と半ば諦め、されるがままに走って貰った。

医務室のベッドに寝かされ、チョッパーが手際よくティーシャツを切っていく。

上半身が下着だけになった私を、眉をひそめたチョッパーが食い入るように見つめる。



「ん? あれ? ん?」



チョッパーの異変に気付いたサンジが、部屋を出ようとしていたのを踵を返して戻ってきた。



「どうした?」
「あ、いやそれが傷口が見当たらなくて」



二人の顔が覗き込んで来る。

ようやく機会が来た。



「撃たれてないよ。これトマト」
「…とまと」



二人はオウム返ししてきた。
もう一度「トマト」と告げるとサンジの指がおそるおそる私の胸に触れ、赤く染まった指先をぺろりと舐めた。



「あ、本当だ。トマトだ」



ということで詳細を説明すると、大笑いしながらチョッパーが皆に真相を話すために部屋を出ていった。

体を起こして、まだ腕にまとわりついていた汚れたティーシャツを脱ぎ捨てる。
トマトの新鮮な果汁を吸って重くなったせいで、ぼとりと鈍い音を立てた。

改めて体を見てみると、なるほど確かに勘違いもされるだろう。
ましてや撃ったタイミングが同時なら尚更だ。


そんなことを考えていると、深く嘆息つきながらサンジが傍らにしゃがみこんだ。

珍しく眼下にある金色の髪を撫でてやる。



「お騒がせしました」



言うと恨めがましく上目で睨まれる。



「ずるい。そんなことされたら何も言えなくなる」
「本当に不可抗力だったんだってば」
「その鴎、食材にしてやりたい気分だ」
「それは賛成」
「でも」


サンジは言いながら、私の体に腕を回して唐突に引き寄せた。

左胸に広がる赤を、先とは比べ物にならないほど大胆にべろりと舐めとる。

びくりとして思わず肩が跳ねた。

逃げようとするのを背中に回された両腕が許してくれない。

もう一度舐められた。



「ちょ、サンジ」



サンジは私の髪が掛からないようにサイドに寄せてぎゅっと握った。

露になる首筋と肩と胸にサンジはねっとりと舌を這わせる。

そして唇を離した。

口の端についた赤を親指で乱暴に拭う。



「でも、クソ美味い」





新鮮な味
(腹立つくらいにね)

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