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「え? ドレスコード?」
「そうなのよー! この島で一番の高級レストランだもの、やっぱりルールがあるのよね!」


ナミとロビンはクローゼットの中を嬉々としながら漁っている。
赤やら青やら、鮮やかな色のドレスを身体に当てては「これじゃない」と仕舞ったり、出したり。

ドレスが決まったかと思うと、靴はこれだ、これじゃない。アクセサリーはこれだ、これじゃない。バッグはこれだ、これじゃない。
アイシャドウの色はこれだ、これじゃない。
ぴったりの組み合わせを決めていくと、どんどん綺麗になっていく。

久しぶりに着いた島には世界的に有名なレストランがあるらしかった。
船を止める前から皆は浮き足立って、やれどんな酒か、やれどんな料理か、想像を膨らませていた。

女部屋を出ると、甲板には正装に身を包んだ男性陣が早くも勢揃いしている。
あのルフィまでもが燕尾服を着ていて、でも麦藁帽子と合っていなくて、ちょっと可笑しい。
ネクタイに苦戦しながら、ルフィが問うてくる。


「あれ? アラシは着替えねえのか?」
「うん。行かない」
「「「「え!?」」」」


皆の驚愕をよそに、ルフィのネクタイを整えてあげる。
ぽんぽんと叩いてあげると「にししし。ありがとう」と大きく笑った。

皆からの視線が痛くて、理由を説明した。


「船の見張りがいた方がいいでしょ?」
「波止場には船の発着帳簿をつける係がいるし、大丈夫じゃねえか? 雑誌に載るような店だぞ」
「うん、いーの、いーの。楽しんできて」


そうして展望室に向かおうとした私の手を、サンジが掴んだ。
振り向くと、何かを言いたそうな眼差しと視線がかち合う。

「行こうよ」

囁くような、小さな声だった。

「一緒に、行こう…?」

願うような、優しい声だった。
私は頬を緩ませて微笑んだ。


「行ってきて。私は船にいる方が楽だから」


少しの間、見つめ合っていたけれど、しばらくして私の二の腕にあったサンジの手がするりと脱力した。
腕、掌、指と、最後まで名残惜しそうにサンジの指が私の肌をなぞったけれど、私の意思は固かった。

レストランに向かう皆を展望室から見送って、両手にハンドガンを携える。

これが最も安心する瞬間なのだから、我ながら拗らせているなあとは思う。


レストランに行きたくなかった、いや、行けなかった理由は3つある。

ひとつ。体が傷跡だらけで、肌を露出するドレスが似合わない。ナミやロビンみたいに美しく着こなせない。傷だらけの私といると、皆が恥をかく。

ふたつ。テーブルマナーを知らない。ナイフとフォークで上品にサラダを食べるなんて、出来ない。スプーンで掻き込めばいいと思っている節さえある。そんな私といたら、皆が恥をかく。

この夜をサンジが心から楽しみにしていたのを知っている。
世界一だと名高いシェフの味付けや、盛り付け、料理を出す演出。そのどれもに興味があって、ひとつでも多くの手技を盗もうと興奮していたのを知っている。

そんなところに、私みたいな教養のない傷だらけの人間が共にテーブルを囲んでしまったら、ぞんざいな扱いを受けるに違いない。

サンジの楽しみを奪いたくなかったのだ。

みっつ。これが厄介だ。

銃がないと落ち着かない。

マガジンは最低でも2つ、銃も4丁は持っていたい。
ドレスコードはどれもがタイトなデザインで、銃を隠せる箇所が少ないのが難点だ。だから、ドレスは着られない。


とどのつまり、臆病なのだ。
銃がないと怖くて、皆の重荷になるのが怖い。
ただ、それだけだ。


「アラシちゃん」


その声に、はっとした。

顔を上げると、なんとそこにはサンジがいる。
走って戻って来たのか、汗さえ掻いていた。

私は銃を納めて、慌てて駆け寄った。



「何してんの。早く行かないと! せっかく予約取れたのに」
「うん。一緒に行こう」
「私は別にいいんだって。シャツに汗が滲んじゃってる」


今だけでも、とネクタイを緩ませ、少しでも風通りをよくさせる。
レストランで最高の接客を受けるには、最高の客になるしかないのだ。

その場に相応しくないと、相応しい対応をしてくれない。
世の中の理不尽なルールだ。

サンジは、彼の首元にあった私の手を掴んで、同じ事を言った。


「一緒に行こうよ」
「だから私は――」
「アラシちゃんがいなきゃ、世界一の料理だって美味しくない。一緒に行こう」


手を握り締められて、圧倒されたのは私だった。

危うく、頷いてしまいそうになった。
彼の優しさに甘えて、危うく、彼の楽しみを奪うところだった。

でも、首を振った。


「行けないよ。こんな服だし。うまく食べられないし、銃も、持って行けないし」
「俺が隣で教えてあげる。服は用意した。急いでたから、あまり良いものは買えなかったんだけど」


サンジが後ろ手に隠していたらしい服を私に見せる。そしてハンガーごと渡してきたのは、パーティー用のスーツだった。
黒の上下に、濃い赤色のシャツ、ネクタイも黒。


「ドレスが駄目なら、男の格好して行こう。男だと思わせればいいよ。これなら傷跡も見えない。銃のホルスターだって付けられる。銃も持って行けるよ」
「…似合わなくない?」
「なに言ってるの。アラシちゃんは何を着ても、アラシちゃんでしょ」


そう言われると、私の意思は緩く溶けてしまった。
スーツを受け取って、素早く着替える。
そして銃を4丁、マガジンを2つ、きちんとホルスターに捩じ込んだ。


「さ、行こう!」


差し出されたサンジの手を取って、固く握り合う。
そして私達は、夜に浮かぶ宝石のようにきらめくレストランへと走り出していた。





ルールに捕らわれないで
(君がいることに意味がある)

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