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その日は大嵐。

海といったらもう洗濯機の中にサニー号ごとぶっ込まれたのじゃないかというほどの大時化で、私達麦わら一行は総出で帆を畳んだり舵を切ったり排水をしたりと、とにかく大混乱だった。

私と、ゾロを除いては。



「ゾロ!」



力の限り叫んだ。

けれど轟音と共に降り注ぐ雨風の下では、呆気なく掻き消されてしまった。

顔にばちばちと当たる大粒の雨が痛くてほとんど目を瞑ってしまっている。

歯を食い縛って、もう一度、叫んだ。



「ゾロ、起きろぉ!!」



このクソ非常事態に眠りこけているゾロは馬鹿なのか天才なのか誰か教えて欲しい。

しかも海に投げ出されそうになっているのだから、とことん救いようがない。
(馬鹿だ、やっぱり。間違いない)

もうゾロは体を船の外に飛ばされていて、私が手摺から乗り出してゾロの体を何とか抱えている状態なのだ。

そもそも筋力に自信があるわけでもない私が、この重たいゾロの体を腕だけで抱えることは不可能なのだ。

すぐに限界が来て、もはや腕が痺れている。

むしろ、ゾロを抱き止められたことさえ奇跡に近かった。

あの状況下で、転がっていくゾロが目に留まった私は相当に偉いと思う。



「ルフィ! 脚でもいいから助けて!」
「悪ぃ! 今はどこも無理だ!」



見ると、ルフィは暴風のせいで折れたマストを、四肢全てを使って繋ぎ止めていた。

確かに無理っぽい。

麦わら帽子が飛ばないように、噛んでいるくらいだ。



「ロビン! ヘルプ!」
「あら、ごめんなさいね。私も今はちょっと手が足りないの」
「嘘つけぇ!」



ロビンの手は、甲板に溜まりつつある水をバケツやら、鍋やらお玉やらでの排水と、ばりばりと音が鳴り続ける帆を畳むのにいそいそと使われていた。

フランキーはナミの指示のもと舵を取っている。
(あのフランキーが苦戦しているところを見ると、舵は相当に重いようだ)

かといってブルックは帆に絡んでしまったロープをほどくのに苦労しているし、ウソップとチョッパーは、ルフィがつなぎとめているマストを船に何とか固定させようと大工中だし、誰もゾロと私には見向きもしてくれない。



「くっそぉ! サンジ! サンジどこ!」



最後の綱であるサンジを呼ぶと「食糧庫に浸水してきてるんだ」と遠くで切羽詰まった回答があった。

誰にも力添えを期待できないということか。

忌々しげに抱いているゾロを睨む。

半開きになった口に雨水が溜まってさえいるのに、どうしてこうも寝ていられるのか。

それに、疲労しているのはゾロを抱いている腕だけではない。

手摺に圧迫されっぱなしの腹部も痛いし、この大揺れの中でバランスを保つ足腰も、とうの昔に悲鳴をあげている。

前傾姿勢が祟って頭に血は上ってくるし、何だって私がこんなことを。排水作業のほうがまだいいっての。

と、我ながら苦虫を潰したような顔になる。



「ゾロ! お願いだから起きて! ゾロぉ!!!」





 * * * * * 





それからしばらくして海はようやく凪いだ。

先の騒動が嘘のように春爛漫とした陽気を、素直に喜べない私がいる。

ほんのさっき、食糧庫の安全を確保したサンジがゾロを引き上げるのを、私が手放してしまう間一髪のところで手伝ってくれた。

私もサンジも渾身の力なんぞ使い果たしていたものだから、引き上げたのと同時に仰向けに倒れ込んでしまう。

その上に、まだ寝ているゾロがのしかかってくる。

私とサンジは、それをどける気力さえ残っていなかった。

びしょ濡れのまま、息も絶え絶えに自分の手を空に掲げて見つめる。

小刻みに震え、青白く変色していた。



「駄目だ感覚ない」



まだ肩で息をするサンジは、火のついていない煙草をくわえながら私のその手を握った。

力なく甲板に放り出される私達の手。

ほんの少しだけ伝わり始めた体温に安心する。



「すぐ元通りになる。おつかれさま」
「うん。サンジも、おつかれ」



まだ繋がれている手の震えが、いくばくかも収まりきらない間に、むっくりとゾロが起き上がった。

気怠げに首を擦りながら立ち上がって、疲労困憊に伏す私達を見回す。



「朝か」



呑気にあくびまでしおった。

朝か。じゃねえよ。



「ん? 何だこりゃ。びしょ濡れじゃねえか。何かあったのか?」



誰に問いかけるでもないゾロの呟きに、誰も答えなかった。

それほどに疲れていたし、正直なところ、腹が立っていたのだろうと思う。

しかし誰も叱責する気はない。

前にも似たようなことがあった気がしないでもない。

私は諦めて、とりあえず人数分のタオルケットを取ってこようと体に鞭打って立ち上がった。

ふらふらと足取り覚束ず、やっぱり立っていられなくてバランスを崩してしまう。

膝から折れるように、ぐらりと体が傾いたところをゾロが庇ってくれようとして、不覚にもその場にへたり込んでしまった。

支えてくれたゾロは、私の体に触れてぎょっとした。



「なんだ、なんでそんな震えてやがんだ」
「こ、のやろう。人の気も知らないで!」
「寒いのか?」



ほれ。と言いながら私を抱き締めたこいつをどうしてくれよう。





つまりは自業自得だ
(その後、サンジのジューシュートがお見舞いされた。とりあえず親指立てといた。グッジョブ)

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