[ 1 / 1 ] 「痛…」 鋭い痛みが唇に走る。 じんわりと温かな血が滲んで、そのすぐあとには鉄の味が口内に広がった。 「悪い」 そう謝ったのは先生だ。 けど顔は全然、悪びれてない。 むしろ早く続きをさせろとばかりに物欲しそうな表情で、再び私の頭を引き寄せてキスをしてきやがった。 私達がキスをし始めて、もうどのくらいの時間が経っただろう。 10分とか、そういうのじゃなくて、多分、一時間くらいは経っていると思う。 もう互いに息なんかあがりっぱなしなのに、先生に辞める気配はない。 「先生、もう唇、痛い」 「うん」 キスの僅かな合間に告げても、やっぱり先生はやめようとしてくれない。 ずっと触れ合って、擦れ合ってる唇は、とっくの昔にひりひりと腫れ始めているというのに、先生はむしろそれが快感とばかりに求め続けてくる。 私達がキスをするような仲になったのは、どうしてだっただろう。 恋愛感情と性欲の違いは何なのかを教えてもらうためだった気がする。 キスをして、それ以上をしたくなったら性欲。キスのままでいいのなら恋愛感情。 そう、先生は言ってくれたけれど、結局はよくわからないままでいる。 しかも、会うたびにキスをしまくるこの関係も、やっぱりよくわからない。 私は椅子に座る先生の上に跨がって、互いに互いを抱き寄せてキスをしてる。 「先生」 「ああ」 「何で私達、キスしてるんですかね」 「知るか」 「でも先生、やめてくれな――」 まるで最後まで言わせまいと、先生は私に出来たばかりの唇の傷を噛んだ。 痛みに肩をびくつかせて、距離を取ろうとするのに許してくれない。 「先生、痛い…!」 力を込めて離れようとすると、そのまま押し倒された。 冷たくて固い床の温度を背中に感じながら、目の前の熱い眼差しを真っ向から受ける。 帽子を被っていない先生の前髪が私の額を撫でて、くすぐったい。 ああ、このまま、体を重ねるのかな。なんて思っていると、先生は予想外に、キスをもう一度だけして立ち上がった。 手を引いて私も起こしてくれる。 「もうこんな時間か。戻るか?」 「はい、そうします。…唇が痛い…」 「俺もだ」 唇に触れながらナミからリップクリームを借りようと思い付く。 適当な理由を見つけて拝借しよう。 「じゃあ、また明日来ます」 さすがお医者様というべきか、椅子に座り直した先生は長い足を邪魔くさそうに組んで、ふっと笑った。 「お前も物好きだな。何だかんだ言って、ここに来る」 「確かに。だってキスすると、何か落ち着くんですよね。それに、先生はキス以上しようとしないから。まるで――」 愛してるって言われてるようで嬉しくなる。 そう言うと、先生はデスクに置きっぱなしだった帽子を目深に被って、目元を隠してしまった。 背凭れに恵まれた体を預けると、少しだけ椅子が軋みをあげる。 沈黙が続いて、もう出て行った方がいいのだろうと空気を察した。 ドアノブに触れると、先生が言った。 「…明日はクリーム、用意しといてやるから」 先生の顔はやっぱり見えなかったけれど、その言葉がどうしても「愛してる」を肯定しているようにしか聞こえなかった。 キスフレンド (ひりひりする唇に触れると、すぐにお前が欲しくなるのだから厄介だ) list haco top |