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何でこんな事態に発展したのだろうか。

事の発端は昨日の昼食の後だ。


 * * *


「あんた達も聞かれたの? フランキー達だけじゃなく、鈍感そうなゾロやルフィにも聞いて回ってるなんて…重症ね」


珍しいメンバーが残って、食後の談笑をしている皆の輪の中に、皿を洗い終えた俺が遅れて参加する。
ナミさんを筆頭に皆が悩ましい顔を浮かべていたので、理由を聞いてみた。


「何の話?」
「アラシのことよ。サンジくんは聞かれなかった? 数日前から『恋愛の好きってなに? どんな気持ち?』って、皆に聞いてるのよ。説明してあげてもよくわからないみたいで、図書室でずーっと恋愛小説とか哲学書を読んでるの。何かあったのかしら」
「へ、へえ…」


原因は俺です。
――なんて言えない。
数日前といえば、俺がアラシちゃんに告白まがいの発言をしてしまった日だ。
キスしようとしたあげく、「俺じゃ駄目なのか」って詰め寄るなんて、もう好きだと言ったようなものだ。

その後も普通に接してくれていたけれど、どうやら悩ませてしまっていたらしい。


「サンジくんがきっと一番慣れてるんだから、教えてあげてよ。あれじゃあ、わかるまでずっと考え込んじゃうわ」
「え? でも、どうやって?」
「そんなの決まってるでしょ。デートよ、デート!」


そして今に至る。
目の前には、この島で一番有名なデートスポットであるバラ園の入口がある。

隣には、得意である銃を全てナミさん達に没収されたアラシちゃん。しかも化粧とハイヒールと橙色のワンピース。髪もさらさらに整っているときた。

デートして『好き』を教えてやれって言われても…俺はもう伝えちゃってるんだよなあ…と思いつつ。


「うーん。何か、こんなことになっちゃってごめんね」
「何で? 恋愛感情、教えてくれるんでしょ。私も知りたかったし」
「うん。まあ、そのつもりなんだけど…とりあえず入ろっか」
「あれ? 入園料は? 300ベリーって書いてあるけど」
「大丈夫。もう二人分、払っておいた」
「あ、じゃあ返さなきゃ」


肩から下げていた小さなバッグをごそごそとし始めたので、制止する。


「いいんだよ。俺のデートは全部、俺が払うから」


アラシちゃんは目をぱちくりとしたあとで「そういえば小説の恋人でもそうだったな」と呟いて了承してくれた。そうでなければ、きっと理解してもらえなかっただろう。

並んで歩き始めると、アラシちゃんが少しばかり遅れる。


「あ、歩きづらいよね。ハイヒールって不安定だもんね」
「うん。ぐらぐらする。ナミ達はこういうのずっと履いてるから、すごい」
「支えてあげる」


そうして左手を差し出すと、アラシちゃんはただの親切心からの言動だとでも思ったのか「助かる」とだけ言って手を取ってくれた。

そこでわかった。

ああ、多分、アラシちゃんは根本的に男性と接したことがないんだろうなあ。

周囲には何人もいたけど、こうしてお洒落して、二人きりでデートするような男は一人もいなかったのだろう。それは彼女の歪んだ境遇の証拠であるような気がして、辛くなった。

指と指を絡ませてあげると、少しだけ体重を掛けて歩いてくれる。

本当に恋人になったみたいだった。

白木で出来たアーチを潜ると、そこには一面にバラが咲き誇る花畑が広がっていた。花畑はドーナツ状をしていて、中央の開けたスペースにいくつかのベンチが置かれている。今は全て先客で埋まっていて、人気であるのが窺い知れた。

一方のアラシちゃんはベンチには目もくれずにバラを一輪一輪眺めながら、「へー」とか「ふーん」とか感想を洩らしていた。


「バラって結構、色があるんだね。白と赤だけだと思ってた」
「そうだね。黄色とピンクに、あ、オレンジもあるよ。今日のアラシちゃんの服と同じ色」
「本当だ」


自分の裾と花弁を照らし合わせて、似た色だとわかると「ふーん」と、ちょっと満足そうに頷いている。気に入ったらしい。

そして、その横顔が美しいこと、本人は気付いているのだろうか。

複数いる他のカップルの男達がアラシちゃんに目を奪われて、パートナーから疎まれているのを気付いているのだろうか。
彼女のことだから、視線は敏感に察しているかもしれない。でも視線の意味はわかっていないはずだった。

のんびりと花畑を一周しようとしている。


「紫、青、黒。いっぱいあるなあ」
「うん。ここだけで全色揃いそうだよね」
「でも、金はないね」
「ゴールド? 確かにないけど、好きなんだっけ?」
「サンジの髪の色。こんなにたくさん色があるのに、ゴールドはサンジだけ。それも凄いよね」


そんな俺にとっては些細なことに気付いてくれる君が素晴らしく聡明で、美しい観点の持ち主だというのに、自覚なし、か。
苦笑してしまう。


「銃がないなんて落ち着かないんじゃない?」
「うん。だからこっそり1丁だけ持ってきた」
「え、どこに?」


バッグは小さいから入らないはずだ。
と、思っているとアラシちゃんは躊躇いなくスカートの裾を捲り上げて右の太腿を露にした。
そこには革のホルスターに黒光りするハンドガンが固定されている。
わあ、ワンピースにハンドガンなんて似合わないけど似合う。足、綺麗。細い、白い。触りたい。

いやいや、そうじゃなくて。


「わわわわわかったから服を戻して」
「うん?」


下着、白か。
なんて考えるこの頭から今だけでも煩悩を取り除いてやりたい。
周りの男達に見られてないだろうかとキョロキョロすると、赤面している奴が何人か。角度からして銃は見えていないだろうけど、足とそれ以上は見えたのだろう。

おろすぞ。と、思わなくもない。


「それで、好きってなに?」


ここで来るか。
急な話題の方向転換に「うぐ」と呻きが洩れた。
皆にデートを計画された昨日から夜通し考えていたのに、やっぱり一言で言い表せるような適当な言葉が見付からない。

考えれば考えるほど、泥沼に嵌まってしまったわけだ。

だから、逆に訊くことにした。


「そうだな…うーん…アラシちゃんは忘れられない人がいるって言ったよね?」
「うん」
「もし、その人がまだ傍にいたら、ずっと一緒にいたいと思う?」
「うん」


ちくり。と心が痛んだ。
イエスなんだ。ふうーん。


「その人のためなら、どんな犠牲も厭わない?」
「うん」
「その人のためなら、自分よりも相手の幸福を願う?」
「うん」
「その人が苦しむくらいなら、自分が代わってあげたい?」
「うん」
「えっと、じゃあ…」


空いていた右手でも、アラシちゃんの手を握る。
まるで永遠を誓い合う二人みたいにバラの海の中で対面して手を握り合って、なのに俺は目も合わせてあげられない。
アラシちゃんの顎だか首だか鎖骨だか、とにかく当たり障りのない箇所に視線を落として、どこかでノーと言って欲しい質問ばかりを投げ続ける。
アラシちゃんのそれは恋愛感情なんかじゃないのだと。ただの仲間意識というか、家族に対する安心感というか、そういうものなのだと、そう、信じたかった。


「アラシちゃんは、その人のことを思い出して泣きそうになる?」
「うん」
「その人のことを思い出して、辛くなる?」
「うん」
「息が詰まる?」
「うん」


イエス。
ずーっとイエス。
胸はその答えを聞くたびにチクリチクリ、ズキンズキンと痛むばかりだ。
もしかして本当に、あの男を愛しているのじゃないかと行き着きたくない答えがちらつく。


「じゃあ、その人にアラシちゃん以外に好きな女の人がいるってわかったら、胸が締め付けられる?」


アラシちゃんはたっぷり考えた後で、言ってくれた。


「ならない」


言ってくれた。
ノーと、言ってくれた。
それからの俺は早口だった。


「その人がどんな恋愛をしてきたのか、気になる?」
「ならない」
「その人が誰と会話して、どこに行って、いつ帰って来るのか、気になる?」
「ならない」
「その人と手を繋いだとしたら、今の俺みたいに、体が熱くなる?」
「ならない。…サンジ、涙が……」


あの男に対する感情が恋愛でないとわかると嬉しくて嬉しくて、耐えきれずに流れ始めた俺の涙をアラシちゃんが拭おうとしてくれたけど、俺は手を離そうとはしなかった。
涙は頬から顎へ、顎から足元の地面へと滴る。
ぽた、ぽた。
余裕がなさすぎると、自嘲が洩れた。


「俺の手、熱いでしょ」
「うん」
「脈も早いでしょ」
「うん」
「それはね、アラシちゃんが大好きだからだよ」


やっと顔をあげて目を合わせられた。
アラシちゃんの丸くて大きな瞳が揺れていた。
瞳の中の俺は嬉しいんだか、情けないんだか、眉尻を下げて笑っている。


「ルフィと話してても、ウソップだろうとフランキーだろうと、アラシちゃんが誰と会話してるのか凄く気になる。他の男となんて喋らないように独り占めしたくて、堪らなくなる。どんなにうるさい雑踏の中でもアラシちゃんの声を聞き分けられる自信がある。アラシちゃんに贈るプレゼントは何がいいかなって、一年間ずっと悩める自信がある。過去に何をしてても、それでもいいよって許してあげられる自信がある。頭の中がアラシちゃんでいっぱいになって、悲しくなったりムカついたりして料理が手につかない日があっても、それでも幸せだって言える自信がある」


ぽろり、とアラシちゃんの目からも涙が溢れた。
表情は何も変わらないのに、ほんの少しだけ顔を赤くして流してくれた涙は、少しでも俺の気持ちが伝わったと理解してもいいのだろうか。


「それが俺の『好き』って気持ちだよ」


伝え終えると、アラシちゃんは呼吸を整えて、何度か頷いてから「わかった」とだけ呟いた。

俺は視線を爪先に落として、また馬鹿みたいに告白してしまったことを悔いる。
何やってんだ、俺は。馬鹿だな。好きを教えるはずが、どうして告白に繋がるんだ、教えてあげられてないじゃないか。

そんなことを考えていると、ふわりと温もりに包まれた。

うんと背伸びしたアラシちゃんが俺の首に腕を回して抱き締めてくれているのだ。

おそるおそる抱き締め返すと、我慢出来なくて、ぐっと引き寄せた。
細い腰を抱き寄せると、アラシちゃんも答えるように俺を引っ張ってくれて、アラシちゃんの髪に顔を埋めるくらいに距離が縮まる。
濃厚なバラの香りの中に、爽やかなアラシちゃんの香りを見付けて、余計に手に力がこもった。


「私の胸があったかいの、わかる?」





嬉しいって気持ち
(少しは前に進めたかもしれない)

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