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「ものすっごい怪しいね」
「だな」


私の呟きに、隣に立つゾロが賛同する。

私は腕を組んで、うーん、と唸った。



私達麦わら御一行は、とある海賊が牛耳る、とある島に着いていた。

というのも、サニー号でのんびりしていたところに奇襲を受け、ナミとロビンを拐われてしまったからである。

とある海賊の、とある船長が言うには「この島に監禁しているから、助け出せるものなら助けてみろ」という、とある海賊にとってみれば何の見返りもない妙な内容。

金品を要求する訳でもない。

ナミもロビンも賞金首だということを知っているのだろうか。

あの2人を餌にしてルフィ達の首を狙っているのか。

そう考えてしまうほど、ナミとロビンを見付けるのは容易だった。

島の中心部、開けた野原の中央に杭がふたつ打たれている。

その杭のそれぞれに、ナミとロビンは拘束されていた。

気絶しているらしい2人は項垂れている。

周りには何もない。

不思議なほど、何もない。

その野原の周囲を森で囲まれているのだけれど、チョッパーの鼻でさえ敵の臭いを感じないらしい。



「罠かな」



問うと、ゾロも難しい顔をした。

答えを決めかねているようだった。

ゾロは誰よりも敵を見抜く。

しかし、その敵がいないとなると私も理解に苦しむ。



「よーし! 助けるぞー!」
「あんのクソ野郎共、レディに手を出すなんざ後悔させてやる」



とはいえ、我らが船長、ルフィと紳士サンジが俄然、猪突猛進で助ける気満々なので、私とゾロは渋々構えた。

駆けるルフィの後を追いながら、徒党を組んで2人の救出に向かう。

私はやはり気が進まなくて、1歩、皆から遅れを取っていた。

森を見回す。

敵が出てくる気配はない。

空には鴎が飛んでいる。

思い過ごしだろうか。

私は改めて前を見据えた。

その時だった。



「うお!?」



ルフィの足下がぐらついた。

次の瞬間、地面が抉れるように落下していく。

私は舌打ちした。

この状況で地下から攻めるとは、なかなか頭がいい。

狙いはやっぱりルフィか。

足場をなくして、バランスを崩したルフィの声に、他の皆が驚いて振り返る。

地面を掴もうとするルフィの伸びた腕を、落ちていく岩盤が邪魔をする。

しかも地下は、



「水…!」



目一杯の海水が溜め込まれていた。

ルフィは泳げない。

皆がルフィを助けようと立ち止まったところを、私が制した。



「私が行く」



走りながら、上着を脱ぎ捨て、ルフィの後を追って飛び降りた。

ルフィの手をどうにか空中で掴む。

その一瞬後には、海に着水していた。



水中では固まってしまうルフィの体をしっかりと抱いて、海面に向かって水を蹴る。

いつもよりだいぶ重い体を、必死に浮上させる。

男の人の身体は何でこんなに重いんだ。と苛ついてみても無意味で、いつもより多く水を飲んでしまった。

海面に顔を出して、胸一杯に息を吸う。

咳き込みながら見上げると、落とし穴のように空が丸く見えた。

穴は意外と深いようで、皆の声も聞こえない。

どうなっただろうか。

でも、おそらく皆は2人を救出してから、私達を助けてくれる筈。

その前に、まずは支えを見つけなければならない。

さすがに長い時間を、ルフィを抱きながら浮き続けるのは厳しい。

掴めそうな岩を探した。

大きな岩が浮かんでいた。

あれならルフィを乗せても揺らがないだろう。

岩に向かって泳ぎ、渾身の力でルフィを押し上げる。



「重い、っつーの!」



何とか岩の上に乗せることができて、何なら私も行けるんじゃないかと岩に手を掛けると傾いてしまった。

ルフィが限界ということだ。

仕方なく、私は岩に掴まりながら立ち泳ぎをすることにした。

そこで気付く。

麦わら帽子がない。

ルフィの大切な麦わら帽子がない。

水面を見渡した。

浮いていない。

岩盤と一緒に沈んだか。

私は水に顔をつけて探した。

目を凝らす。

ない。



「だあーもう!」



私は潜水した。

手当たり次第に沈んでいる岩や砂をどかして、麦わら帽子を探す。

海面に出て、呼吸をして、探す。

それを3度繰り返したとき、ざらりとした麦わら特有の手触りを中指に感じた。

砂をかきわけると、麦わら帽子が埋まっている。

私は懸命に周りの土砂を掘りまくった。

水に土が溶けて、視界が淀む。

それでも手の感触だけを頼りに掘り進めた。

苦しい。

息を止めるのも限界だった。

唇から滲む泥水の味に顔をしかめた。

掘るスピードを早めると、やがて麦わらが浮遊する感覚があった。

逃すまいと引っ掴んで急浮上する。

海面に出て、思いきり息を吸い込んだ瞬間、目の前が真っ暗になった。




 * * * * *





コックがナミとロビンを助けている間に、予想通り飛び出してきた敵を片付ける。

チョッパーを警戒して、土を肌に塗って臭いを消していたようだった。

質より量を重んじたらしく、やたらと数の多い敵が飛び出してきて、目覚めたナミとロビンも加えて薙ぎ倒していく。

少し手間取ったものの、片付けて、ほっと息をついた。

そこへアラシを抱いたルフィが穴から飛び出してきたのだから、俺達は目を丸くした。

聞けば、意識を取り戻したルフィ自身は岩の上にいて、周りを見たらアラシが沈むところだったのだと、間一髪のところで腕を掴んで、引き上げ、今に至るということだった。


すぐにチョッパーが駆け寄る。

アラシの腕に麦わら帽子が抱き締められていて、何故、こうなったかはそこにいた全員が簡単に想像できた。

チョッパーが診ている間に、アラシの腕から麦わら帽子を取ろうとしても、意識もないくせに絶対に離そうとしないのだから苦笑してしまう。

俺は刀をおさめた。



「酸素が足りてない」



チョッパーは言った。

心臓は動いているものの、長く潜水していたから酸素が足らず意識を失ったというのだ。

無理しやがって。



「空気がありゃいいんだな?」



ルフィが言った。

チョッパーが「あ、ああ」と狼狽えながら答えると、ルフィはアラシの傍らに膝をついて、何の躊躇もなくキスをした。

息を呑んだのは、その場にいた全員だった。

それが人工呼吸だとわかっていても、まさかルフィがそれをするとは誰も思わなかったからだ。

このときばかりは俺もコックも、止めることが出来ない。

ルフィは柄にもなく責任というものを感じているのかもしれない。

そうしてしまう気持ちは痛いほどわかる。

わかるけど、まさか、ルフィが。という気持ちが拭えない。

ルフィは唇を離して、息を吸い込んでまたキスをする。

それを何度か繰り返していると、咳き込みながらアラシの意識が戻った。



「アラシ」



チョッパーが安堵する。

それ以上にルフィが、ほっと息をついた。

ルフィはアラシを膝に抱いたまま、離さない。

おかしい。俺の胸が苦しい。



「アラシ、ありがとな」



ルフィが言うと、アラシは力なく笑いながら、持っていた麦わら帽子をルフィに被せた。



「うん、やっぱり似合う」



アラシが言うと、ルフィが唇を噛み締めるのが髪の隙間から見えた。

そしてアラシを抱き締める。

強く抱き締めている。

胸が痛い。

厄介な女に、俺もコックも惚れたようだと頭を掻いた。




浮上した疑惑
(よりによってルフィもかよ)

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