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※残虐シーンあり
予めご容赦願います。



 * * *



「父さんを殺したいんだ! 銃の撃ち方を教えてくれ!」


そう言って私にすがり付いてきたのは、十歳の男の子だった。

この小さな島に着いたのは、つい3日前のこと。
食料も買い込んだし、あと数日はのんびり過ごそうかと話がついていて、停泊させている船に皆で戻るところだった。
そんな道中、最後尾を歩いていた私は男の子の頓狂な申し出に、呆気に取られてしまう。
もちろん前を歩いていた皆も同様で、驚いて振り返っている。


「え? 父親を、殺したい?」
「そう! あんた、そんなに銃持ってるんだから、上手いんだろ!? 教えてくれよ!」


私は銃遣いで、背中にはライフルとショットガン、ベルトと太腿にはハンドガン等々、体に仕込めるだけの銃と弾丸を持ち歩いている。
だから子供にも目を付けられたのだろうけど、いかんせん私は断る理由がある。


「子供、苦手なんだよね」


じゃ。と冷たく言って振り払おうとしても、男の子は足にしっかりと抱き付いて離れようとしない。
足蹴にしてもよかったけれど、辞めておいた。ルフィ達に怒られそう。


「頼むよ!」
「鬱陶しい。邪魔。放して」
「まあまあ、話を聞いてあげるだけでもいいじゃない?」


ナミの仲裁により、とりあえず私達は男の子を連れて船の食堂へと向かった。

男の子の話はこうだった。
両親との三人で住んでいるが、毎夜毎夜、父親が母親に暴力を振るうのだという。それも日に日にエスカレートして、とうとう母親は肋骨や足を折る重傷を負ったそうだ。
「離婚すれば?」と私が問う。
関わりたくないというのが正直なところだった。
部下にだって射撃を教えたこともないのに、どうして私が報酬もないのに見ず知らずの子供に手解きをしてやらなければならないのか理解に苦しむ。

男の子は悔しげに歯を食い縛りながら言った。


「母さんが…逃げるなんて怖くて出来ないって…。離婚したらお金もないし、逃げる場所もないから、って。もう父さんを殺すしかないんだよ!」
「私には関係ない。他の方法を探してみなよ」
「相手は大人の男なんだ! ピストルじゃないと駄目なんだよ、勝てない!」


ちらりと皆を見れば、殺すのは言語道断と目顔が物語っていた。


「でも殺しなんてよくないわ」
「だな! だから俺達が助けてやるよ! な!」


ルフィは、これまで通り、さも当然とばかりに言ってのけた。サンジもレディが被害者だとわかってメラメラと闘志を燃やしているし、ナミやロビンも同じ女性として思うところがあるらしい。
他の皆も優しさゆえに、男の子と母親に加勢する気満々だった。

面倒くさいことになったな。
と、頬杖をついて思っていたのだけれど、男の子は予想外に助け船を拒絶した。


「お前らに助けて欲しいなんて言ってねえんだ! 絶対に手出しすんなよ!」
「でもよ――」
「俺が殺すって決めたんだ! 母ちゃんを守るために、俺がこの手でやるって決めたんだ! お前らの力は借りない! 止められてもやるからな!」


ルフィ達は押し黙った。
迫力に気圧されたというよりは、幼くても男が決めた覚悟に口出しするのは愚行だと思ったからだろう。
男の子は私に向き直って、改めて頭を下げた。


「頼む。お願いだ。教えてくれるだけでいい。あんたを巻き込まないから、頼む!」


ごん、とダイニングテーブルに額をぶつけるほど勢いよく頭を下げられ、私は瞳だけで皆を見回した。
複雑な表情を浮かべている。
何も言えないけれど、殺しは駄目だというような、微妙な顔だ。

私は嘆息つきながら、立ち上がった。


「わかったよ。30分間だけ教える。付いて来て」


そうして私と男の子は二人だけで甲板に出た。

飲み干した酒瓶を船の手摺に並べ、マトにする。
普段はあまり使わないリボルバー五発装填の銃を手渡した。


「撃って」
「う、うん」


戸惑いながらも、男の子は銃を持つなり引き金を絞った。けれど弾丸は遥か彼方、空の向こうへ飛んで行く。瓶には掠りもしない。

まあ初撃はこんなものでしょう。


「狙いを定めるまで引き金に指は置くな。慣れてないから暴発する。あと引き金は強く絞らない。地面と平行に、真っ直ぐ引いてくる感じ」
「うん」


頷いて、構えてみる。
十歳の男の子だ。筋力はまだまだ不充分で、ぷるぷると震えている。


「そんな構え方じゃ駄目。手が小さいから、撃ったときの反動で銃が手から吹っ飛ぶ。だから、もっと強く銃を握る。両手で、しっかりと。でも反動は殺そうとしなくていい。全身で受け止めればいいから」
「うん」


さらに一発撃った。
当たらない。
けれど先よりは瓶の近くを弾丸が抜けた。


「撃ったからって気を抜くな。撃ったあとも、ずっと目標から目を離さないで狙い続けろ」
「うん」


それから30分、出来るだけの助言をして何とか瓶に当たるようにはなった。

リボルバーに弾を五発入れ直してやって、男の子に渡す。


「他の皆はああ言ってるけど、私は別にあんたが殺したいなら殺したっていいと思う」
「うん、ありがとう」


殺しのやり方を教えたというのに感謝をされるというのは、なかなか不思議な気持ちだった。
男の子は初めて笑顔を浮かべて、銃を受け取る。
自分の銃を貸したのも初めてだった。


「でも、これだけは言える。あんたは絶対、怖くて撃てない」
「…え?」


男の子はぽかんと口を開けて、私を見上げた。
裏切り者でも見るかのような、弱々しい瞳だった。


「だから相手の顔は見なくていい。話し掛けなくてもいい。眠ってるところを、あるいはお風呂に入ってるところを、背中から一発で撃て。間違っても正面から撃とうとするな」
「でも、そ、そんな、卑怯なこと…」


殺す前に話し合いをしようとでも考えていたのか、意表を突かれた男の子はしどろもどろと視線を泳がせる。
私は畳み掛けた。


「あんたは弱い。勝つには卑怯さも必要なんだ。あ、銃は返してよね。ここにいるから、持ってきて」
「うん、わかった」
「じゃ」
「うん、行ってきます!」
「……いってらっしゃい」


何を言っても覚悟は揺らがないのか、男の子は笑いながら私に手を振って、駆け足で家へと戻って行った。
今から親を殺しに行くというのに、明日への希望を見出だしたかのような、きらめいた笑顔だ。

柄にもなく手摺に寄り掛かりながら、男の子の姿が見えなくなるまで見送ってみる。
小さく、手を振り返してもみたりして。



でも、それから数時間が経っても、男の子は銃を返しには来なかった。


「ねえアラシ、家とか聞かなかったの?」
「うん。私達が手助けすることじゃないでしょ。本人が言ってたし」


ナミからの質問をのらりくらりと避けて、夕食を終えた。
皆が寝静まった真夜中、私はいつも通り眠れなくて甲板に出た。

霧雨が降っていた。
空は雲が多くて、月も見えない。海は泥水のように暗く、重い波の音を轟かせている。
私は黒のレインコートを羽織って、船を降りた。

本当は、家の場所を聞いていた。
町外れにある二階建ての一軒家で、この島で唯一、白色の屋根だからすぐにわかるという。
実際に曲がりくねった道を歩いていると、ぼんやりと夜闇に浮かぶ白の屋根が見えてきた。
明かりは一階にだけ着いていて、静かだ。物音ひとつしない。
玄関は施錠されておらず、そのまま体を滑り込ませる。
廊下のすぐ左にあったリビングに足を踏み入れて、体がぐっと冷えるのを感じた。


いつもそうだ。


殺しは私の体温を下げて、やけに冷静にさせる。覚醒させる、と言った方が正しいか。


男の子の死体が転がっていた。


肺を撃ち抜かれて、苦しかったのだろう。顔は苦痛に歪んでいる。
服は揉み合ったのか、乱れていた。
死んでから時間が経っているらしく、床に広がった血液は乾き始めている。
傍には残弾のないリボルバーが転がっていて、部屋の隅には声を圧し殺して泣き続ける母親の姿があった。
顔は痣だらけ、なおかつ腫れていて眼もほとんど開いていない。
男の子の言った通り、骨折して動けないようで、母親は男の子を庇った形跡すらなかった。

ふと気配があって振り返れば、身長二メートル近い大男が立っていた。
侵入者である私を睨み付けている。


「お前がこいつに銃を渡したのか?」


男の手は、怒りに任せて女を殴ったせいで血塗れだった。

私は天井を仰いで、ゆっくりと深呼吸した。
部屋に充満している血の匂いを体に染み込ませるように大きく吸って、温情を根こそぎ吐き出す。
体内を殺人鬼に入れ換えたところで、首をこきこきと鳴らした。

再び、男を見る。


「お前のせいで息子を殺しちまっ――」


最後まで言わせない。
私に掴み掛かろうとしてくる男の左肩を、腰ベルトから抜いたハンドガンで撃つ。
ちょうど骨に当たったらしく、男は痛みに驚いて体を大きく傾けた。

それだけでは止めてやらない。
何せ温情は全て吐き出したのだから。

続けざまに右肩、両膝、骨盤、足の甲を撃った。
筋肉よりも骨を貫いてやった方が苦痛が何倍にも跳ね上がるのだ。今、男は痛みで頭が痺れているに違いない。

男が盛大に尻餅をついたのを、間髪入れずに馬乗りにした。
今度は足首に巻き付けてあったサバイバルナイフを取り出して鼻を削ぐ。
ぱっと鮮血がほとばしり出た。
さらに脳に届かないくらいの深さで刺して両目を潰す。
痛いよね。知らんけど。
さらに銃底で殴り付けて、前歯を全部折る。間抜けな空洞から逃げ場のない、ぬるぬるの舌を引っ張り出して、ナイフを滑らせた。タン塩にする気にもならない汚い舌を、やはり動こうともしない女に投げ付ける。

耳をつんざくような男の叫び声が煩わしくて、もう少し放置してやろうと思ったのにすぐに眉間に銃口を押し付けて撃った。

余韻を残す銃声のあとで、部屋は静寂に包まれた。

かと思っていると、今度は女の泣き声がうるさくなった。
ひとりだけ悲劇のヒロインを気取って涙なんぞを流してみているらしい。

腹が立った。

立ち上がって、女の鼻に膝を叩き込むと強く頭を打って、女は気絶したらしかった。いや、死んだのかもしれない。どっちでもいい。

腹が立った。

逃げる勇気さえあれば誰も死ななかったのに、耐える方を選んだこの愚かな女。息子を守ろうとせず保身に努めたこの女。
力任せに邪魔者を排除しようとするこの男も、弱すぎた子供も。

全部に腹が立った。

落ちていたリボルバーを掬い上げて、薬莢を取り出すと、まるで涙のように男の子の胸に転がった。カラン、カランと。


「背中からやれって、言ったのに」


この子は優しすぎたのだろう。
むしろ、甘過ぎた。

死体も母親もそのままにして外に出ると、雨はどしゃ降りになっていた。
おかげで船に帰り着くまでにレインコートや顔に飛び散った返り血をすっかり洗い流してくれた。

皆を起こさないように女部屋に入ろうとしたのに、展望室からゾロが降りて来てしまった。

雨の中、私達は向かい合う。


「よう、どこ行ってた?」
「別に」
「ま、何となくわかるけどよ。部下の尻拭いは上司の役目だからなあ?」
「別に、子供を部下にした覚えはない」
「わかった、わかった。見張りなのに眠ィんだよ。朝まで付き合え」
「…わかった」


そして二人で展望室に向かう。
壁に沿って設けられたベンチに並んで座った。
二人の間にある窓を互いに眺めつつ、沈黙が続く。
雨で視界が悪い。

手が震えているのに気付いたのは、ゾロが握り締めてくれたからだった。


「寒いのか?」


ああ、そうか。
うん、寒いのかもしれない。
雨のせいで蒸し暑いけれど、寒いのだろう、きっと。
だって震えているのだから、そうに決まってる。


「寝てねえんだろ? 膝、貸してやるよ」
「別にいい」
「いいから来いって」


握られた手を強引に引っ張られて、ゾロの膝を枕にするはめになった。
すぐに視界が暗転した。ゾロのもう片方の手が私の両目を塞ぐように置かれたからだ。
まるで涙を流してもいいんだぞと伝えようとしてくれているみたいだった。

手は握られたまま。
まるで震えを止めようとしてくれるみたいに強い力だった。

暑いのに、寒い。
別に結果に対して怒っているわけじゃない。悲しんでいるわけじゃない。
ただ、寒いだけ。それだけ。

ゾロの手を握り返せば、さらにゾロも力を強めてくれた。私の爪が食い込んで痛むだろうに、ゾロは何も言わずに受け止めてくれた。

沈黙を破ったのは、私だった。


「ゾロ」
「んー」
「やっぱり、子供は嫌いだよ」


ゾロが苦笑する気配があって「そうだろうな」とだけ言ってくれた。





弱肉強食
(見せ付けてくれなくても、もう痛いほどわかってるよ、神様)

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