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※関連小説(未読でも大丈夫ですん)
「Only dead 10億ベリーの女」



 * * *



あとは皆と合流するだけだった。

島に着いてすぐに遭遇した敵襲に応戦し、拳銃遣いである私は普段通り遠距離からの狙撃に回った。
接近戦が主な彼らをサポートする。
私の戦いはいつも独りだ。

化け物じみた三強はひとまず置いておいて、ナミやウソップの後衛に努める。
もちろん彼らだって伊達に場数を踏んでたわけじゃない。何発も撃たずに、スムーズに戦いは終わって、私はスナイパーライフルを肩に担いだ。

あとは皆と合流するだけだった。

私が敵に囲まれていなければの、話なのだけど。

思わず嘆息ついてしまう。敵に、ではない。気付かなかった自分に、だ。つい集中しすぎてしまった。
昔ほどの鋭敏な感覚はなくなって、衰えつつある。海賊として如何なものかと思いつつ、襲い掛かってくる敵を掻い潜って、とりあえず集合場所に向かう。
それは少し高い崖の上だった。
手を伸ばしても届かない。途中のどこかに足場がなければ到達出来ないが、よじ登らなければならないほどでもない微妙な高さだ。
どうしようか。
走りながら迷っている間にも、背後から敵の足音が聞こえてくる。
倒そうか。
いや、ルフィ達の戦闘が終わったらすぐ集合と約束していた。
優先させるのは合流だ。


「アラシちゃん!」


一足先に到着していたらしいサンジが敵に気付いて、崖から身を乗り出して手を差し伸べてくれた。
あの手に掴まれば足場がなくても登れる。


「サンジ!」


サンジの手を取ろうとして、音に気付いた。

ちゃりーん。

薬莢が落ちるのとは違う、軽くて高い音。
瞳だけを動かせば、地面に銀色のロケットペンダントが落ちているのが見えた。
はっとして首に触れる。

ない。

私のネックレスだ。
あれには写真が――。

考えるよりも先に身体を反転させていた。


「アラシちゃん!?」


私達の手は互いに虚空を切った。
サンジの慌てた声を聞きながら、ネックレスを取る。
同時に、左肩に衝撃があった。
敵から投げられたナイフが刺さったのだ。
抜けば傷が悪化する。
けれどナイフが刺さったままであるのと、ネックレスを握り締めているせいで左手は動かせない。サンジの力を持ってしても右腕だけでは、この崖は上れないだろう。

合流するのは諦めて、再びライフルを構えた。
3発連射モードに切り換えて、撃つ。

と、思いきや、私の目の前にルフィ、ゾロ、サンジの三人が降り立った。

砂埃を巻き上げて着地した三人は、今まで戦っていた疲れを微塵も感じさせず、あっという間に敵を倒していく。

ぼんやりと三人の戦いを眺めていた。
私のぶら下がったままの左腕は血にまみれながら、それでもネックレスを握ったままだった。




チョッパーからの治療を終えて食堂に入ると、一足先に食事を済ませたらしい皆はもういなかった。
一人分の食器がテーブルに残されたままで、キッチンを覗き込めばサンジが鍋をぐつぐつと掻き回している。


「サンジ。遅くなってごめん、食べてもいい?」


サンジは無言だった。
料理に集中していて聞こえなかったみたいだ。
もう一度、声を掛けようと口を開きかけたところで、テーブルから皿を取ってスープを盛り始めた。
なんだ、聞こえてたのか。

だん、と普段よりも少し強めに皿を置くサンジを盗み見ると、怒っているらしかった。
いつもの優雅な仕草ではなく、荒々しく私の隣の席に腰をおろすところを見ても、間違いない。
怒っている。


「えー…あー…怒ってる?」
「理由、わからない?」
「あ、左腕なら刺さった時点で軽傷だろうってわかってたんだ。でも拳銃にはやっぱり両腕がないと精密さが失われるから、念のために動かさなかっただけで、だから右手だけで撃とうとした。重傷じゃないよ」
「うん。傷は大したことなくて本当に良かったと思ってる。でも怒ってる原因は、ちょっと違う」
「え。…うーん。何だろうな」
「先に敵を倒してからでも良かったのに、どうして無茶してネックレスを拾ったの? そのネックレス、なに? プレゼント? 誰から? 男?」
「ああ…これは…まあ…」


いつになく早口で捲し立てられて、圧倒されてしまう。
いつもの穏やかに話すサンジとは雰囲気が違った。どこか鬼気迫るものがある。


「そのネックレスって写真入れられるやつだよね? もしかして誰かの写真、入ってる?」
「…なんで?」
「見せて」
「なんで?」


いぶかしんでいると、サンジの手が素早く首に伸びた。それを払いのけたのに、さらに逆の手が来てネックレスを掴まれ、呆気なくロケットを開かれてしまう。
これだ。私は接近戦はめっぽう弱い。銃がなければ私など戦力にもならないのだ。

ネックレスの中には、ひとりの男の写真が入っていた。
サンジはそれを認めると、煙草のフィルターを強く噛んで眉を狭めた。
張り詰めた空気と不釣り合いに、灰がひらひらと床に舞い落ちていく。


「…これ、あいつだよね? アラシちゃんを黒の海軍に連れ戻した、あいつだよね?」


黒の海軍とは、私が麦藁の一味になる前に所属していた海軍極秘の暗殺部隊だ。その部隊から逃亡した私を連れ戻しにきた男の写真が、このネックレスに入っている。
黒髪で、細く、釣り上がった蛇を思わせる目の男。
本来、黒の海軍は隊員の写真の類いを残さない。けれど隊長は別だ。

歴代の隊長だけは写真を取り、ファイリングされている。この男も隊長代理を勤めたことで、一枚だけ写真が残っていた。


「まあ、そうだけど」
「何でそんな奴の写真いれてるの?」
「サンジには関係ない」
「あるよ!」


立ち上がろうとした私の腕を掴んで、サンジは私を引き留めた。
サンジは苦虫を潰したような顔で言った。
凄く掠れた、小さな声だった。


「あるよ…。関係、ある。教えてよ、何でそいつの写真なの…?」


言おうか迷いながら、答えた。
むしろ言葉にして言いたくなったのだ。


「落ち着くから」
「…え?」
「この人を見てると、落ち着くんだよ。私と同じことをしてた人がいたんだって、私と同じ生活をしてた人がいたんだって、凄く安心する。それに、この人は…好きだって言ってくれた」
「そんなの、俺だって――」
「違う。この人は最悪な状態の私を好きになってくれた。サンジは違う。私がやってきたことも、本当の私のことも、わかってない。私が取り繕った偽物の私しか見えてない」


言うと、サンジは少しだけ目を見開いたあとで苦しそうに顔を歪めた。
その表情を見て、ようやく傷付けてしまったとわかるこの鈍い心が憎い。
サンジは私の両肩を掴みながら、項垂れた。


「…その男が…大切なんだね」
「うん。大事だよ。この気持ちが何なのかは知らないけど、左腕を怪我してでも写真を守りたいくらいには大切」


途端、目の前が真っ暗になった。
煙草の味がして、唇の感触があって、やっとキスをされているのだとわかった。
咄嗟に振り払って立ち上がると、床に煙草が落ちて燻っているのが見えた。

サンジの頬に流れる涙が、美しすぎた。


「俺じゃ駄目なの…?」


おもむろに私は首を振った。
一度目はゆっくりと。
二度目はもっとしっかり、早く。


「駄目。私には、サンジは眩しすぎる」


サンジが崩れたようにテーブルに突っ伏すのを見ていられなくて、甲板に逃げ出した。

雨が降っていた。
バケツを引っくり返したような大雨だ。

前までの私は、雨の日は仕事がやり易くて喜んでた。
気配を消せるし、頭からフードを被っていても誰も何とも思わないし、血も洗い流せる。
それなのに、今は雨の一粒一粒が痛くて堪らなかった。

写真の中の名前も知らない男を眺めて懇願する。


「会いたい」


会って、また好きだと言って欲しい。
罪にまみれたこの私を全て受け入れて、むしろ罪そのものさえ好きだと言って欲しい。
そこには罪を許して欲しいという隠れた思惑があることを、私はまだわかっていなかった。

私がこの手で彼を殺したはずなのに、どうしてかまだ生きている気がしてならない。

会いたい。

この船にいる皆は、清らかすぎる。





焦がれる味
(キスも雨も、どちらにも涙が混ざってた)

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