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※関連小説(未読でも大丈夫ですん)
「Only dead 10億ベリーの女」
「出来れば、もう一度」
「血の味」





 * * *





「黒の海軍って、知ってるか?」


その会話が聞こえた瞬間、ルフィ達の手が止まった。

私達、麦藁一行は島にある小料理屋で休憩を取っていた。というのも、船のキッチンが敵襲のせいで壊れてしまって、修理するまではサンジの料理にありつけないからだ。食事が終われば、フランキーとウソップが早速、作業に取り掛かるはずだったのだけれど、食事の中盤でその会話は流れてきた。

会話の根源は、私達が囲う円卓の隣。

男の四人組がいて、その席に浮浪者らしき男が絡んでいた。
薄汚れた体に虫歯だらけの歯。吐く息は臭く、着ている服はぼろぼろで、なおかつ裸足。
浮浪者は知人でもない男達の輪の中に強引に押し入って、一方的に話を始めていた。


「黒の海軍って知ってるか? 殺人部隊なんだとよ。知ってるか? 俺のダチがそいつらに殺されてよお」
「知らねえよ、あっち行け」
「今となっては、その部隊は全滅したんだが、女隊長だけが生き残ってるらしいんだ。俺が復讐しても合法だと思わねえか? なあ? 聞いてるか? なあ?」
「うるせえ! 失せろ!」


男達にあしらわれ、浮浪者は「ひひひ」と不気味な笑い声を立てて、今度は私達の円卓にやってきた。
皆は食事の手が止まっているけれど、私だけは食べ進める。
ステーキ美味しい。

黒の海軍は存在した。

海軍を裏切った海軍隊員本人を含め、その家族全員を殺すためだけに作られた暗殺部隊。その存在により、海軍に背を向けようとする隊員への抑止力になると考えたのだろうけれど、上層部の命令で存在事態を隠していたせいで効果はあまりなかった。ほとんど都市伝説と化して、裏切り者は続出。殺人部隊は大忙し。部隊の人数はそんなに多くなかったため、ひとりひとりが殺した数は星の数ほどにも上った。
そう。
海軍発足当時から、黒の海軍は確かに存在した。

末代の隊長は私だった。
それを皆は知っている。

浮浪者は、まずチョッパーに絡んだ。


「なあ、黒の海軍って知ってるか?」
「お、俺達は食事中なんだ。あっちに行ってくれよ」


チョッパーがぎこちなく取り繕うと、また浮浪者が千鳥足で矛先を変える。
肩に手を置いた相手は――

――奇しくも私だった。


「なあ、黒の海軍って知ってるか?」


皆の緊張が高まる。
むしろ店内中の視線が集まっている気がしていた。

思わず嘆息つく。

浮浪者の涎がぼとぼとと肩に垂れ、ようやく私はフォークとナイフを置いた。
瞳だけを動かして、浮浪者を睨み付ける。男はさらに続けた。


「ダチがそいつらに殺されたんだよ。生き残ってる女隊長を俺が殺しても、構わないだろ? なあ、そうだろ? 殺したっていいよな?」
「どうぞ」
「そうだよな? いつかこの手で殺してやるんだ。俺の大切なダチだったんだ。いいよな?」
「いいと思いますよ」
「ようし、女隊長とやらも首を洗って待ってるかもしれねえなあ。あんたみたいな細首を、じわじわと締め付けてやるんだあ。あー…殺してえなあ。待っててくれねえかなあ」

男のカビ臭い手指が私の喉を包んだ。サンジが立ち上がろうとするのを、手を上げて制する。

私は男にさらに言った。

「待ってると思いますよ、殺されるの」
「そうかい、そうかい。あんた、いい女だなあ。一生、忘れないでおくよ」
「どうも。私も一生、あなたを覚えておきます」


言うと、男は満足したように、気味の悪い笑い方で、ふらふらと店を出て行った。
かと思うと、すぐに厨房からシェフが出て来て、帽子を取りながら謝ってくる。


「すみません。あいつ、心の病気でして。金を貸してた友人が殺されて、それで破産しちまって…悪い奴じゃないんですけど…不愉快な思いをさせてしまって申し訳ありません。お代はいりませんので」
「いえ、払いますよ。悪いのは全部、その黒の海軍とやらですし」


札を渡せば、恐縮しながら受け取るシェフを横目に見つつ、立ち上がる。
食べカスの混ざった涎が肩布を濡らしていた。臭い。


「先に戻りまーす」
「うん」


ナミの、何とも言えない気まずい返事を聞きながら、店を後にした。

快晴である。
風も穏やかで、小鳥が天敵を恐れもせずに飛び回っている。暑くも寒くもない。

浜辺に着くなり上着を脱いで、海に落とした。
ブラジャー姿のまま、上着を踏みつける。
浅瀬に沈んで、海水を吸って、色を変えて、だんだん重くなる上着を、浮き上がってくるたびに何度も踏みつけた。砂が混じって、澄んでいた海が濁っていく。
それでも構わずに踏みつけた。
何度も何度も。
何度も何度も何度も。

浮き上がっては沈める。

それは私の感情を表していた。

人らしい感情が生まれそうになるたびに、こうやって罪を再認識させられて、どん底に突き落とされる。
ルフィ達と一緒にいたところで、自分が真っ当な人間になれたわけじゃなかった。
何が仲間だ。
どこへ行っても、過ちが追ってくる。
どんなに、もうしない、と誓っても善行に努めても、私を恨む人間は後を絶たない。


「沈め。沈め沈め」


感情など、やはり無いほうが便利だった。
あっても苦しいだけだった。

だから、この服と同じように、心も海底に深く沈んでしまえばいい。海に漂って、行き場をなくして、とうとう底へと引き寄せられてしまえばいい。

沈め。沈め。


「何やってるかと思えば」


振り返らなくてもわかる、ゾロの声だ。
そうとわかると、間髪入れずに背後にいたはずのゾロが躊躇いなく、ばしゃばしゃと海に入ってきて、私の横を通り過ぎた。

そして、沈んで、潮の流れに乗って沖に向かい始めていた服をひょいっと簡単に掬い上げてしまう。

嗚呼。せっかく沈めたのに。

しかも服を絞って、海水まで落としてしまった。


「船で洗えばいいだろ」
「ごめん。皆が使う洗い場だし、最初に汚れを落としちゃおうと思って」
「…またその顔に戻ってる」


ゾロは、また水音を鳴らして私に歩み寄ってきた。
ちゃぷ、ちゃぷ。
ゾロの大きな体とは裏腹に、足音は静かだった。目の前にやって来ると、私の頬に触れて、指で撫でる。


「まるで死神だぞ、その顔。生気もない覇気もない。死んでるみたいだ」
「…この顔が好きだって言ってくれた部下もいた」
「でも、そいつはもういない」
「うん。私が殺した」
「だから俺が言ってやる。俺は、お前のその顔が嫌いだ」


大嫌いだ。
その言葉が嬉しいと感じる私は馬鹿なのだろうか。
沈めた感情はゾロによって掬い上げられて、余分なしがらみはゾロによって絞られて、結局は単純なものだけが手元に残る。

ゾロは私を抱き締めて、頭を撫でた。


「俺だって、昔は海賊狩りだった。どんなに海賊を名乗っても、金目的で狩ってた過去は消えねえし、当然、海賊の中には俺を恨んでる奴だっている。アラシと、そう変わんねえよ」
「うん」
「あんな男に殺されるくらいなら、俺に頼め。一振りで終わらせてやるから」
「うん。わかった」


私とゾロに似たような罪があるのだろうか。
そういえば、私達には似たような傷がある。ゾロは胸を大きく裂かれて、私は背中を大きく裂かれた。こうして向かい合えば、驚くほどぴったりと傷が一致する。

不思議と、それは私を安心させる材料になった。

膝まで海に浸かった私達は、まるで二人して地獄に足を突っ込んでいるみたいで、どちらも抜け出そうともしない。
ゾロは私を抱き締めてくれたまま動こうとしないし、私もゾロの肩越しに見える空の青さから目が離せない。

ちゃぷん。
私達の足に波が掛かった。
もっと沖に呼び寄せられた気がした。





罪を負った二人
(もがけば深みに嵌まる。だから二人で、じっと耐えようか)

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