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「これは、また随分と派手にやらかしたな」
「すみません、私だけじゃ手が回らなくて」


先生は男部屋に入るなり、束の間、呆気に取られて仁王立ちした。
そこにはルフィを始めとした麦藁一味の男全員が熱を出して寝込んでいる。男部屋だけじゃない。ナミもロビンも40度を超える高熱がもう4日も続いていた。
頼みの綱であるチョッパーも意識朦朧としているから何も処置を行えず、私が急遽、ハートの海賊団を呼んだのだ。

ふとサンジが吐き気付いて、慌ててバケツを持って駆け寄る。上半身を起こして背中を擦れば、胃液をどばっと吐いた。私の服にも手にも飛び散ったけれど、もう構っていられない。

かと思っていると、隣のゾロが吐き出す。またサンジ、今度はルフィ。


「皆ずっとこんな感じで、熱は下がらないし、頻繁に吐くし、ひどいときには痙攣したりして、初めのうちはチョッパーが何か薬を飲ませてたみたいなんですけど、効かなくて」
「わかった。すぐに取り掛かる。何かの感染症だろう。思い当たる節はねえのか? お前だけはどうして無事だった?」
「私はこの一週間は皆と別行動してたので、原因はわからないです。すみません」
「食事も別か?」
「そうです」
「なら食い物が原因かもしれねえな。とりあえず全員、運び出せ。お前は寝具を総洗いして、部屋を消毒しろ」
「わかりました」


そうして先生は自分の仲間に指示を出して、皆をそれぞれストレッチャーに乗せて潜水艦へと移送していった。
私は皆を見送ったあと、無人になった部屋のシーツや毛布をひっぺがして、皆の洋服と、枕に至るまでとにかく全てを洗って燦々と降り注ぐ太陽光の下に干した。朝で助かった。夕方までには全部、乾いてくれるだろう。風も穏やかだけれど、微かにある。洗濯日和だ。
さらに一息いれず、部屋の中に消毒剤を振り撒いて拭き終え、換気をしようとドアを全開にしたところで人の気配があった。


「終わったか。あいつらなら大丈夫だ。点滴して眠らせてる。症状も落ち着いた。かなり脱水してたから、二、三日は投薬してたほうがいいだろうな」
「そうですか、良かった」


ほっと息を吐く。肩の力が抜けた。思った以上に緊張していたみたいだ。
腕で汗ばんだ顔を拭うと、急に先生が私の指に触れた。
驚いて見上げると、白いモヤが見える。
何だこれ。
ああ、先生の帽子か。


「…お前、目、どうした?」
「あ、やっぱりわかりますか。実は一週間前に神経毒で目をやられちゃって。だいぶ視力は戻ってきたんですけど、まだ霞んでるんです」
「だから一週間、別行動だったのか。じゃあこの指の火傷はどうした。三度熱傷だぞ。結構な広範囲に水膨れが出来てる。切り傷もひとつじゃねえ」


指を一本一本、観察されているのがわかった。掌を上にしたり下にしたりと忙しい。さすが医者だ、隈無く診察してくれている。


「スープとか、お粥なら皆も食べられるかと思って作ってみたんですけど、やっぱり手元が狂っちゃって。しかもあんまり食べなかったし。切り傷は、果物なら食べるかもしんないなーって」
「んで目が見えねえから切ったってか」
「すみません」
「風呂にも入ってねえだろ。髪に吐瀉物がついてる」
「げ。それは気付かなかった。私が感染源になっちゃうからまずいですね。じゃあお風呂に入って、お風呂も洗えば問題ないですかね」
「その手でか?」
「ゴム手袋してれば何とかなるんですよ」


ぴらぴらと未使用のゴム手袋をポケットから取り出して見せてやれば、思いっきり大きな溜め息が聞こえた。


「もっと早く呼べよ」
「すみません、私も皆が倒れたことに気付くのがちょっと遅れちゃったもんで」
「とにかく、来い」


いきなり腕を掴まれた。
そして行き先も告げずにずんずん歩いていく。
どこまで行くんだろう。だいぶ歩いたなあ、と感じたところで、勢いのいい水音が聞こえ始めた。
声が響いている気もする。


「俺の船のシャワーブースだ。ここなら除染機能もついてるから、お前が使っても問題ねえ。体は俺が洗ってやる。構わねえな?」
「助かります」


言いながら、先生は私の手に水や石鹸が掛かったりしないようにビニール素材の何かを巻いてくれた。ばさばさとタオルを用意してくれている音が聞こえて、足音があちこちに動き回って、また戻ってくる。

白いモヤが消えた。
代わりに黒髪があって、先生が帽子を取ったのだとわかった。
むしろ肌色が多く見える。


「…もしかして先生も裸?」
「当たり前だろ。服着て洗えるか。濡れるだろうが」
「わー、見えてたら目のやり場に困ってましたわー」
「脱がせるからな。どうせこの服は汚染されてる。棄てるから切るぞ」
「はい」


強い言葉とは裏腹に、服に鋏を入れていく作業は丁寧だった。ティーシャツの裾からじょきじょき切って真ん中を開く。
あとは肩から袖へ切って、抜き取るだけだ。ハーフパンツも脱がされ、下着も取られる。

相手が医者だからか、裸を見られても治療の一環だと思えて心境的には楽だった。


「ほら、入れ」
「はい」


体を反転させられて、シャワーブースへと誘導される。
背を押されそうになって、でも先生の手が止まった。


「…何だこれ」
「え? 何かありました?」
「ありましたどころの話じゃねえよ。右肩から左の脇腹まで裂傷があんじゃねえか。背骨を横断してんだぞ。脊椎に異常ねえのか、これ。しかもまだ負傷して間もねえし、血は滲んでるし、こんな傷で動き回ってやがったのか。相当痛んで動けねえはずだぞ」
「ああ、そうだった、そうだった。目をやられたとき、完全に見えなくなっちゃって、ドジ踏んでジャングルの何かに背中ばっさりやられちゃったんですよ。チョッパーが用意してくれてた痛み止めだけは毎日ちゃんと飲んでたから、忘れちゃってました。よく効くんですよ、あの薬」


ははっ。と笑えば、頭をぱしーーーんと叩かれた。


「馬鹿じゃねえのか? 一週間あいつらと別行動だったわけじゃなくて、ぶっ倒れて動けなかっただけだろ」
「あー、そうとも言いますかね」
「飯もまともなの食えねえから別のもの用意されてただけの話じゃねえか」
「その通り」


何やかんやと説教をしながらも、背中の大きな傷にもガーゼを乗せたあとでセロハンテープみたいなものを貼ってくれた。今度は少し強めに肩を掴まれて、シャワーの下に促される。

久しぶりのお湯、かと思いきや水を頭から被った。


「つ、つめたい」
「こんな傷に湯を使えるか。血行が良くなって拍動を感じるくらいに痛みだすぞ」
「ああ、そうか。残念」
「俺だって冷てえんだ、我慢しろ」
「はい」


そして髪をわしゃわしゃと洗われる。一度目はすぐに洗い流されて、二度目はもっと丁寧な手付きだった。豊かに泡立つのを感じる。首、肩、腕、お腹、足と洗われていく。


「気持ち悪いだろうが、少しのあいだ耐えろ」


そして胸やお尻、陰部へと手が延びていく。
水が冷たくて、私の体温も下がっているのに、どうしてか先生の手は熱い。髪を洗われていたときよりも、ずっと温度が上がっているみたいだった。


「先生も熱ですか?」
「…違えよ、馬鹿。目、閉じろ」
「はい」


最後に顔を洗われた。
おでこ、頬をくるくると泡が滑って少しくすぐったい。


「お前、どんだけ見えてるんだ?」
「いやあ、色の判別と、奥行きが最近やっと掴めてきたくらいです」
「刺青、辿れるか」
「やってみます」


目を開けて、先生の胸に大きく描かれた孤に触れる。胸筋が予想外に硬い。肌色と黒色の境界が曖昧ながらも、中指で辿っていく。


「まあ、大丈夫だな」
「よかった。安心しました」


最後に、先生の指が私の唇に触れた。
熱くて、皮膚の固さがよく伝わってくる。女の人みたいに柔らかくなくて、指紋の凹凸さえわかるくらいに骨張っている。

あれ?
一向に唇から動かない。
先生の指が私の唇の一番柔らかいとこをなぞって、それからしばらく時間が経った。
そこに立っているはずなのに、動きがない。先生の体に当たって弾かれてくる水飛沫が、さっきよりずっと強く、近くにある気がする。


「先生?」
「何だよ」
「どうかしました?」
「…お前、悪い女だな」
「え?」


どういう意味だとは、聞かせてもらえなかった。先生は言い終えるが早いかシャワーをすぐに止めて、タオルを頭から掛けてくれた。
素早くさっと体を拭かれて、俯せに寝かされたのはやっぱり手術台。
巻かれたセロハンテープやらを剥がしてくれて、ぽんぽんと雪玉みたいなガーゼで消毒をする。
終わったら、手術着を着させてくれて、また俯せに寝るよう指示された。毛布を掛けられると、ようやく体が寒さを感じなくなるほどには暖まってくる。

頭上にガガッと椅子が引き寄せられた音がした。
そしてまだ濡れている頭を先生の手が撫で始めた。ずっと続くので、何してんだろうと疑問に思って声を掛けてみる。


「先生?」
「あ?」
「何やってんの?」
「どうせ気張って寝てねえんだろ。お前にも点滴してっから、寝ろ」


ああ、そうか。
そういえば寝ていなかったなあ。

そうとわかると急に眠気が襲ってきて、でも僅かな物音に体が反応して起き上がろうとしてしまう。
そのたびに先生が私の頭を撫でた。


「大丈夫だ。鍵も掛けて、ここには誰も入ってこられねえ。俺とお前の二人だけだ」
「絶対、誰も入って来ないですか。敵も?」
「ああ。誰も来ない」


良かった。
そう呟いて、スイッチが切れるように眠った。


目を覚ましたとき、目の前にある視界が肌色と黒で入り乱れていて、これは何だろうと触れたら、先生の顔だった。あ、顔が私と上下逆さまだからわからなかったんだ。先生も、椅子に座ったまま手術台に突っ伏して寝てしまったに違いない。

ちょうど私は先生の睫毛に触れてしまったみたいで、うっすらと先生の目が開いていく。


「めでたく昼寝仲間ですね」
「…そういうことにしといてやる」


眠くて気だるげで、間延びした声で返事があった。
もう一度、目を閉じると互いの鼻先が擦れ合った。





夢の中の囁き
(よく頑張った)

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